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TORENDIA

菊五郎の科学性

本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

新仏となった六代目尾上菊五郎の芸の特質と、その背景にある人生を綴る。同時代の役者とは一線を画す、細緻な計算と科学的な表現力を備えた芸風を分析し、周囲との関わりの中で円熟味を増した晩年の姿を回顧する。特に九代目市川団十郎への追慕と、自身の演劇的伝統への自覚が、どのように芸の完成へとつながったかを考察する。また、舞台外での無知とも言える素朴な人柄を含め、彼が体現した独自の人生と芸術のあり方を論じる。

折口信夫

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🎧 菊五郎の科学性 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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ことしの盂蘭盆には、思ひがけなく、ぎり/\と言ふところで、菊五郎が新仏となつた。こんな事を考へたところで、意味のないことだけれど、舞台の鼻まで踊りこんで来て、かつきりと踏み残すと言つた、鮮やかな彼の芸格に似たものが、こんなところにも現れてゐるやうで、寂しいが、ふつと笑ひに似たものが催して来た。

このかつきりした芸格は、同時代の役者の誰々の上にも見ることの出来なかつたものと言へる。此を、彼の芸が持つ科学性と言つても、ちつともをかしくない。左団次なども聡明と言ふ側から、同質の特徴を持つた人のやうに考へる人があるかも知れぬが、其は時流性とでも言ふべきもので、時代の受け容れ方が、どう言ふ傾向に向いて居るかを、よく弁へて居た人であつたのだ。歌右衛門なども、何か、かうかつきりした所の、目についた人だが、此常識が、珍しい程度に発達して居て、判断が正確だつたと言ふ側の人であつた。単純化と言つた才能はあつたが、芸の正確と言ふ点には疑問がある。

劇作家の如く綿密な企劃を以て、彼のからだの戯曲を舞台の上に書いて行つた。だから役者であるよりも、演出者としての、優秀な技能を持つてゐるのではないかと思はれた位だ。この点では、今後も暫らく、此人に似た者の出て来る期待は、持てさうもない。

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