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TORENDIA

黒髮山

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

源氏物語における死の描写の深さを論じ、あわせて万葉集の挽歌が死者を悼む際の独創的な感覚を考察する随筆。筆者は奈良の古寺や大和の山々を巡り、古代人が抱いていた死生観に思いを馳せる。実際に黒髪山を探して山中を歩き、道に迷いながら、かつての万葉人が山中に眠る死者に対して抱いたであろう悲哀や幻想を自身の内面で追体験する過程を綴る。

堀辰雄

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🎧 黒髮山 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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源氏物語の「總角」の卷で、長患ひのために「かひななどもいとほそうなりて影のやうによわげに」、衾のなかに雛かなんぞの伏せられたやうになつたきり、「御髮はいとこちたうもあらぬほどにうちやられたる、枕よりおちたるきはの、つやつやと」した宇治の姫君が愛人の薫の君たちにみとられながら、遂に息を引きとつてしまふ。そのとき薫の君が「夢かとおぼして、御殿油をちかうかかげて見たてまつり給ふに、隱したまふ顏もただ寐たまへるやうにて」、なんだかいつまでもその儘の姿にして、置いておきたい程のいぢらしい氣がしながら、「御髮をかきやるにさとうちにほひたる、ただありしながらのにほひに」何とも云へず切なくなる心もちを描いてゐる。私は其處を讀んだとき非常に感動した。

若く美しい女のもう冷たくなつた亡骸を描いて、そのかき亂れた髮の毛だけがまだ生きてゐるときと同じやうに匂ふところを書き添へたのは實に效果的である。これほど簡潔で深い印象を與へる死の場面はさう他處にあるものではない。私達の遠い祖先は既にかういふ效果を知つてゐたのかと思つた。

そこにはもう圓熟した物語作者がゐる。人間の死に對してもあまり怯まず、佛教などで鍛へ上げられた、透徹した觀念を既に持つた人の目であつたにちがひない。

この頃私は萬葉集を屡手にとつて見てゐるが、そんな源氏物語などの頃とは異り、宗教思想が未熟だつたせゐか、生と死との境界さへはつきり分からぬ古代人らしく、

秋山に黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど來まさぬ

とか、又、

秋山の黄葉を茂み迷ひぬる妹を求めむ山道知らずも

などといふ考へ方でもつて死者に對してゐる。これは歌といふものの性質上、わぎとさういふ原始的な素朴な死の觀念を借りて、山に葬られた自分の妻を、恰も彼女自身が秋山の黄葉のあまりの美しさに憑かれたやうにして自ら分け入つてしまつたきり道に迷つてもう再びと歸つて來ないやうに自分も信じてをるがごとくに歎いて、以つて死者に對する一篇のレクヰエムとしたのかも知れない。

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