雪の上の足跡
本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
雪に覆われた雑木林から戻った学生と主が、雪上の獣の足跡や昔話、文学について語り合う。学生は自身の読書体験から「学生」という短篇について触れ、悲しみと崇高な人生の意味を考察する。二人は窓の外に広がる雪の落日を眺めながら、それぞれの記憶や感性を重ね合わせ、冬の静寂の中で過去と現在の文学的イメージを静かに分かち合う。
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主 やあ、どこへ行ったかと思ったら、雪だらけになって帰って来たね。
学生 林の中を歩いて来ました。雑木林の中なぞは随分雪が深いのですね。どうかすると、腰のあたりまで雪の中に埋まってしまいます。獣の足跡が一めんについているので、そんな上なら大丈夫かとおもって、足を踏みこむと、その下が藪になっていたりして、飛んだ目に逢ったりしました。
主 君と、兎なんぞが一しょになるものかね。それに、もういくぶん春めいて来ているから、凍雪もゆるんで来ているのだろう。だが、そうやって雪の中が歩けてきたら、さぞ好い気もちだろうなあ。
学生 ええ、実に愉快でした。歩きながら、立原道造さんの詩にも、こうやって林の中をひとりで歩きながら、深い雪の底に夏の日に咲いていた花がそのまま隠れているような気がしたり、蝶の飛んでいる幻を見たりするような詩があったのを思い出しました。
主 立原は、僕がはじめてここで冬を越したとき、二月になってからやって来た。あいにく僕が病気で寝こんでいたので、君のように、ひとりで林の中を雪だらけになって歩いて帰って来たっけ。そのときの詩だろう。もう七八年前になるかなあ。……どうだい、狐のやつの足跡はついていなかったかい?
学生 狐の足跡はどうも分かりませんでした。どんなんだか、まだそれもよくは……。
主 そうだな、こう、まっすぐに、一本の点線を雪の面にすうっと描いたような具合に、林のへりなぞをよく縫い歩いているのだがね。兎のやつのは、そこいら中を無茶苦茶に跳びまわると見え、足跡も一めんに入りみだれているが、狐のやつのは、いつもこう一すじにすうっとついている。そしてそのまま林の奥にほそぼそと消えていたり、どうかすると思いがけず農家の背戸のあたりまで近づいて来ていたりする。
学生 狐なぞがまだこのへんにうろついているのでしょうかしら?
主 いるらしい。このごろは冬になると、僕はからきし意気地がなくなって、ちっとも雪の中を歩かないが、二三年前にはそんな足跡をいくつも見たことがある。しかし、いたって、もうたかの知れたもんだ。せいぜい農家の鶏を盗りにくる位なものだろう。