TRENDIA CLASSIC

釘抜藤吉捕物覚書

林不忘

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がらり、紅葉湯の市松格子が滑ると、角の髪結海老床の親分甚八、蒼白い顔を氷雨に濡らして覗き込んだ。

「おうっ、親分は来てやしねえかえ、釘抜の親分はいねえかよ。」

濛々と湯気の罩った柘榴口から、勘弁勘次が中っ腹に我鳴り返した。

「なんでえ、いけ騒々しい。迷子の迷子の三太郎じゃあるめえし――勘弁ならねえ。」

「や、そう言う声は勘さん。」甚八は奥の湯槽を透し見ながら、「へえ、藤吉親分に御注進、朝風呂なんかの沙汰じゃあげえせん。変事だ、変事だ、大変事だ!」

「藪から棒に変事たあ何でえ。」

言いさす勘次を、

「勘、わりゃあすっ込んでろ。」

と睨めつけた藤吉、

「変事とは変ったこと、何ですい?」

首きり湯に漬ったまま、出て来ようともしないから、表戸の甚八、独りであわてた。

「見たか聞いたか金山地獄で、ここじゃあ話にならねえのさ。岡崎町の桔梗屋の前だ。親分、せいぜい急いでおくんなせえ。」

「あいよ。」藤吉はうだった声。「人殺しか、物盗か、脅迫か詐欺か、犬の喧嘩か、まさか猫のお産じゃあるめえの。え、こう、口上を述べねえな、口上をよ。」

「桔梗屋の前だ。あっしゃあ帰って待ってますぜ。」

格子戸を閉切ると、折柄の風、半纏を横に靡かせて、甚八、早くも姿を消した。

「あっ、勘弁ならねえ。行っちめえやがった。」

こう呟いて勘次が振り返った時、藤吉はもう上場に仁王立ちに起って、釘抜と異名を取った彎曲った脚をそそくさと拭いていた。

「烏の行水、勘、早えが勝ちだぞ。」

「おう、親分、お上りでごぜえますかえ。」

「うん。ああ言って来たんだ。出張らざなるめえ。」

顔見識りの朝湯仲間、あっちこっちから声をかけるなかを黙りこくった八丁堀合点長屋の目明し釘抜藤吉、対の古渡り唐桟に幅の狭い献上博多をきゅっと締めて、乾児の勘弁勘次を促し、傘も斜に間もなく紅葉湯を後にした。

「冷てえ雨だの。」

「あい、嫌な物が落ちやす。」

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