釘抜藤吉捕物覚書
本文約13,400字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
猛烈な嵐の夜、名犬甚右衛門の導きで木槌山へ向かった岡っ引の釘抜藤吉らは、そこで草加屋伊兵衛の無残な遺体を発見する。現場に残された矢文から高利貸しとして悪名高かった被害者への怨恨が浮き彫りになる中、藤吉は現場の状況や拾った証拠から犯人の正体に迫る。疑わしい印と百合の蕊の汚れ、そして犯行を複雑化しようとした手口を暴き出し、藤吉は鋳かけ屋佐平次が抱えていた情痴と欲に絡む犯行の全容を明らかにしていく。
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一
「あっ! こ、こいつぁ勘弁ならねえ。」
いの一番に傘を奪られた勘弁勘次、続いて何か叫んだが、咆える風、篠突く雨、雲低く轟き渡る雷に消されて、二、三間先を往く藤吉にさえ聞き取れない。が、
「傘あ荷厄介だ。」
こう藤吉が思った瞬間、一陣の渦巻風が下から煽って、七分にすぼめて後生大事にしがみついていた藤吉の大奴を、物の見事に漏斗形に逆さに吹き上げた。面倒だから手を離した。傘は苧殻のように背後へ飛んだ。あとから勘次が来ると閃くように気がついた藤吉、足踏み締めて振り返りざま精一杯に喚いた。
「勘! 傘が行くぞっ。危ねえっ!」
「あい来た!」
ひらり引っ外した勘次の頭を掠めて、白魚屋敷の練塀に真一文字、微塵に砕けた傘は、それなりいもりのように貼りついて落ちもしなければ、動きもしない。蒼白い稲妻に照らし出されて刹那に消える家並みの姿、普段見慣れている町だけに、それはげに高熱の幻に浮ぶ水底地獄の絵巻そのまま。
桐油合羽でしっくり提灯を包んだ葬式彦兵衛、滝なす地流れを蹴立てつつ、甚右衛門の導くがままに真福寺橋を渡り切って大富町の通りへ出た。電光のたびにちらりと見える甚右衛門の影と、互いに前後に呼び合う声とを頼りに、八丁堀合点長屋を先刻出た藤吉勘次彦兵衛の三人は、風と雨と神鳴りとが三拍子揃って狂う丑満の夜陰を衝いて、いま大富町から本田主膳正御上屋敷の横を、媾曳橋へと急いでいる。
天地の終りもかくやとばかり、もの凄い暴風雨の夜。
はじめ、甚右衛門に随いて戸外へ出た時、親分乾児は一つになって庇い合いながら道路を拾ったのだったが、そのうちまず第一に藤吉と勘次の提灯が吹き消される、傘は持って行かれる、間もなく三人はちりぢりばらばらになって、もう他人のことなぞ構ってはいられない、銘々くの字型に身を屈めて、濡れ放題の自暴自棄、いつしか履物もすっ飛んで尻端折りに空臑裸足、勘次は藤吉を、藤吉は彦兵衛を、彦は甚右衛門をと専心前方を往く一際黒い固体を望んで、吹抜けの河岸っ縁、うっかりすると飛ばされそうになるのを、意地も見得も荒風に這わんばかりの雁行を続けて行くことになったのだ。