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TORENDIA

寛永相合傘

本文約7,400字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

寛永三年春の江戸、尾張藩士の寺中甚吾左衛門と安斎十郎兵衛嘉兼は、刀剣眼利の会で一振りの刀の鑑定を巡り対立する。互いに譲らぬ議論から生じた険悪な空気は、刀剣の知識を誇る二人のプライドを刺激し、やがて双方の意地を懸けた争いへと発展する。二人は雨の中、高輪の墓地へと向かい、互いの武士としての矜持を賭けて刃を交えることとなる。

林不忘

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一

つまらないことから、えて大喧嘩になる。これはいつの世も同じことだ。もっとも、つまらないことでなければ喧嘩なんかしない。隣家の鶏が庭へはいって来て、蒔いたばかりの種をほじくったというので、隣家へ談じ込んでゆくと、となりでは、あんたの犬が鶏を追い廻して困ると逆ねじを食わせる。そこで、こっちが、ええ面倒くせえ、やっちめえというんで、隣家の鶏をつぶして水たきにでもしていると、となりでは、手早くこちらの犬の屍骸を埋める穴を掘っていようという騒ぎ。それから両家がことごとに啀みあって、とんだ三面種を拵えるなんてことは今でも珍しくない。だから、となりの人が、あなたんとこの鶏が庭へ来て、種をほじくって困るんだがいったいどうしてくれると持ち込んで来たら、なに、それはべつに不思議でもありません、こっちの種がそちらの庭へ行って鶏をほじくってこそ、はじめて協議すべき問題が生じようというもので――なんかとこう軽くあしらってやれば、事はそれですむ。が、こういう人間が多くなっては、世の中が退屈でしようがあるまい。

で、じつは喧嘩の因のつまるつまらないは、傍観者や後人の言うことで、当人同士は、喧嘩するくらいだからもちろんつまらなくてはできない。むっとしてかあっとなった時には、あらゆる利害得失理窟不理窟を忘れているのである。昔はこういう人間が多かったものだ。

尾張藩の侍寺中甚吾左衛門、今がちょうどそれでかんかんになって怒っている。

「いいやいや。錵乱れて刃みだれざるは上作なりと申す。およそ直刃に足なく、位よきは包永、新藤五、千手院、粟田口――。」と一気に言いかけて唾を飲んだが、これは昂奮が咽喉につかえて声が出ないためとみえる。

一同、黙って甚吾左衛門の顔を見ている。ちょっとその権幕に呑まれたかたちだ。なかにひとり口唇を青くして甚吾左衛門をにらんでいるのがある。同藩の士安斎十郎兵衛嘉兼これがこの口論の相手である。

「こ、こ、ここへお眼をとめられい。」

と甚吾左衛門は、膝元の、中心だけ白紙に包んだ刀身を指して、あらためて猛り出した。

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