釘抜藤吉捕物覚書
本文約9,800字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸京橋の亀島町で、近江屋の前に立ち「お茶漬音頭」を歌い続ける狂女お艶の噂が広まる。近江屋の財産を狙う因業の男・久兵衛は、お艶を利用して近江屋から金銭をゆすり取ろうと画策する。この奇妙な騒動を察知した目明しの藤吉は、事件の背後に潜む浪人・嘉十郎と妻・お高による巧妙な計略を見抜き、隠れ家で二人を捕縛する。狂女を装った芝居で多額の金銭を手にしようとした彼らの長期間にわたる計画は、藤吉の介入によって阻止される。
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一
「はいっ。」
「はいっ。」
「ほらきた!」
「よいとこら!」
「はっ。」
「はっ。」
庄屋よ狐よ猟師よと拳にさざめく夕涼み。本八丁堀三丁目、海老床の縁台では、今宵、後の月を賞めるほどの風雅はなくとも、お定例の芋、栗、枝豆、薄の類の供物を中に近所の若い衆が寄り合って、秋立つ夜の露っぽく早や四つ過ぎたのさえ忘れていた。
親分藤吉を始めいつもは早寝の合点長屋の二人までが、こう気を揃えてこの群に潜んでいるのも、なにがなし珍と言えば珍だったが、残暑の寝苦しさはまた格別、これも御用筋を離れての徒然と見ればそこに涼意も沸こうというもの。夢のような夜気に行燈の灯が流れて、三助奴を呼ぶ紅葉湯の拍子木が手に取るよう――。
軒下の竹台に釘抜のように曲った両脚を投げ出した目明し藤吉、蚊遣りの煙を団扇で追いながら、先刻から、それとなく聴耳を立てている。天水桶の陰に、しゃがんで、指先でなにかしきりに地面へ書いているのは、頬冠でよくはわからないが乾児の勘弁勘次。十三夜の月は出でて間もない。
どっと起る笑い。髪床の親方甚八とに組の頭常吉との向い拳で、甚八が鉄砲と庄屋の構えを取り違えたという。それがおかしいとあってやんやと囃す。その騒ぎの鎮まったころ、片岡町の方から、あるかなしかの風に乗って不思議な唄声が聞えてきた。銀の伸板をびいどろの棒で叩くような、それは現世のものとも思えない女の咽喉。拳の連中は気がつかないが、藤吉はぐいと一つ顎をしゃくって、
「来たな!」
という意。勘次は頷首く。
「彦の野郎うまくやってくれりゃあ好えがのう。」乗り出す藤吉の足許から、
「なあに親分、」勘次が答えた。「彦のこった、大丈夫鉄の脇差し――即かず離れず見え隠れ、通う千鳥の淡路島、忍ぶこの身は――。」
「しいっ!」