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TORENDIA

文藝中毒

本文約670字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

自己の利益のために強引な理屈を展開する学者や教育家の欺瞞を鋭く批判する。彼らが提唱する古い道徳観や倫理教育が、実態として空虚な我田引水に過ぎない現状を指摘する。道徳生活の形骸に囚われ、社会の堕落を文藝のせいにする倫理中毒の老人たちを冷ややかに見つめる。著者は、こうした倫理中毒の対極にある文藝中毒という流行症が現代に蔓延している事実を挙げ、世間の人々に警鐘を鳴らすための一文を綴る。

石川啄木

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我が田に水を引くといふことがある。當人は至極眞面目なのだらうが、傍から見ると、隨分片腹痛い場合がある。氣の毒でもあり、笑止でもある。新聞の論説や政治家の談話などといふものは、毎日のやうにそれを繰返してゐる。然しそれらには恕してやつて可い理由がいくらもある。學者とか教育家とか謂はれる連中の沒分曉な我田引水論となると、私は其奴等の面を引叩いてやりたく思ふことが度々ある。

何時ぞやも、自分等の所謂先哲の遺訓なるものの内容が、どれだけ空虚になつてるかも稽へず「べからず」十五箇條を作つて天下の女學生を救はうと企てた殊勝な老人達があつた。私はその事を新聞で見て、取敢ず笑つた。笑ふより外に仕方が無かつたのだ。笑つて了つてから、斯ういふ人達が早く死んで了つたら、嘸さつぱりするだらうと思つた。彼等は、彼等の定めた道徳生活の形式に背反するやうな出來事を凡て墮落だと思つてゐる。そしてその墮落の原因を惡文藝の跳梁に歸してゐる。果然、在來の倫理思想の根本に恐るべき斧を下してゐるのが、彼等の學校で、其授業時數の大多數を擧げて教へてゐる科學教育そのものであることを知らなんだのである。斯ういふ連中は、恰度、喫煙者がニコチン中毒に罹り、オピユムイーターが阿片中毒に罹るやうに、慢性の倫理中毒といふ奴に侵されてゐる。

斯う言つて來ると、私が彼等に對して文藝擁護論でも説き出しさうに聞えるかも知れない。事實は正反對である。私は今、倫理中毒の代りに文藝中毒といふ流行症が蔓延してゐる事實を指摘して、世の中の健康者の注意を促がす爲に此一文を草するのである。〔以下斷絶〕

完

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