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TORENDIA

道

本文約21,700字 ・ 読了時間 約44分

あらすじ(AIが作成しました)

○○郡教育会東部会の実地授業批評会に向け、T村の第二尋常小学校へ向かう教師たちの姿を描く。赴任したばかりの女教師・矢沢松子や准訓導の今井多吉らは、重い霧が立ち込める山道を歩き出す。道中、老教師の目賀田らとともに酒を飲むなどして疲弊しながら、一行は批評会が開催される学校を目指す。山村の静寂の中、多吉は自身の若さを自覚し、一行は互いの身の上や置かれた立場を案じつつ、目的地を目指して歩みを続ける。

石川啄木

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○○郡教育会東部会の第四回実地授業批評会は、十月八日の土曜日にT――村の第二尋常小学校で開かれる事になつた。選択科目は尋常科修身の一学年から四学年までの合級授業で、謄写版に刷つた其の教案は一週間前に近村の各学校へ教師の数だけ配布された。

隣村[#「隣村」は底本では「隣付」]のS――村からも、本校分校合せて五人の教師が揃つて出懸ける事になつた。其の中には赴任して一月と経たぬ女教師の矢沢松子もゐた。『貴方もお出でになつては何うです?』斯う校長に言はれた時、松子は無論行くべきものと思つてゐたやうに、『参ります。』と答へた。山路三里、往復で六里あると聞いても、左程驚きもしなければ、躊躇する態もなかつた。

机を向ひ合してゐる准訓導の今井多吉は、それを見ながら前の女教師を思出した。独身にしては老け過ぎる程の齢をしてゐた其の女の、甲高い声で生徒を叱り飛ばした後で人前も憚らず不興気な顔をしてゐる事があつたり、「女」といふを看板に事々に労を惜んで、楽な方へ楽な方へと廻つてばかりゐたのに比べて、齢の若いとは言ひながら、松子の何の不安も無気に穏しく自分の新しい境遇に処して行かうとする明い心は、彼の単調な生活に取つて此頃一つの興味であつた。前の女教師の片意地な基督教信者であつた事や、費用をはぶいて郵便貯金をしてゐる事は、それを思出す多吉の心に何がなしに失望を伴つた。それだけ松子の思慮の浅く見える物言ひや、子供らしく口を開いて笑つたりする挙動が、彼には埃だらけな日蔭のやうに沈んでゐる職員室の空気を明くしてゐるやうに思はれた。

『今井さんは何うです?』と、校長は人の好ささうな顔に笑ひを浮べて言つた。

『煎餅を喰ひにですか。』と若い准訓導は高く笑つた。『行きますとも。』

校長も笑つた。髯の赤い、もう五十面の首席訓導も笑つた。此前の会が此の学校に開かれた時、茶受に出した麦煎餅を客の手を出さぬうちに今井が一人で喰つて了つた。それが時々此の職員室で思出されては、其の都度新らしい笑ひを繰返してゐたのである。話に聞いてゐる松子も、声を出して一緒に笑つた。

それは二三日前の事であつた。

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