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TORENDIA

トルストイ翁論文

本文約3,500字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

レオ・トルストイが日露戦争時に発表した非戦論をめぐる言説を論じる。当時の日本では平民新聞が全文を翻訳掲載したが、社会主義者の記者はトルストイの戦争観と自身の経済的競争を原因とする社会主義的見解との相違を明示する。一方で、当時の日本の知識人や論客は同論文を露国に対しては妥当と認めつつ、日本に対しては否定する独自の主張を展開した。執筆者は八年の時を経て再び本作に向き合い、その思想の変遷を振り返る。

石川啄木

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🎧 トルストイ翁論文 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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レオ・トルストイ翁のこの驚嘆すべき論文は、千九百四年(明治三十七年)六月二十七日を以てロンドン・タイムス紙上に發表されたものである。その日即ち日本皇帝が旅順港襲撃の功勞に對する勅語を東郷聯合艦隊司令長官に賜はつた翌日、滿洲に於ける日本陸軍が分水嶺の占領に成功した日であつた。當時極東の海陸に起つてゐた悲しむべき出來事の電報は、日一日とその日本軍の豫想以上なる成功を以て世界を駭かしてゐた。さうしてその時に當つて、この論文の大意を傳へた電報は、實にそれ等の恐るべき電報にも増して深い、且つ一種不可思議な感動を數知れぬ人々の心に惹起せしめたものであつた。日本では八月の初めに至つて東京朝日新聞、週刊平民新聞の二紙がその全文を譯載し、九月一日の雜誌時代思潮は英文の全文を轉載した。さうして色々の批評を喚起した。此處に寫した譯文は即ちその平民新聞第三十九號(八月七日)の殆ど全紙面を埋めたもので、同號はために再版となり、後また文明堂といふ一書肆から四六版の册子として發行されたが、今はもう絶版となつた。飜譯は平民社の諸氏、殊に幸徳、堺二氏の協力によつたものと認められる。

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