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TORENDIA

三枚続

本文約63,200字 ・ 読了時間 約127分

あらすじ(AIが作成しました)

日本橋人形町の床屋を舞台に、怠惰だが腕の確かな職人・紋三郎と、その弟子で渡り者の愛吉を中心に繰り広げられる人間模様を描く。ある日、愛吉が抱える奇妙な過去の因縁や、令嬢を巡る縁談の破談、そして新聞記者・遠山金之助の介入により、周囲の人々を巻き込んだ騒動が持ち上がる。自身の振る舞いが意図せず他人の恋路や運命を狂わせていく状況の中で、愛吉は複雑な情念と向き合うことになる。

泉鏡花

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[#ページの左右中央]

表紙の画の撫子に取添えたる清書草紙、まだ手習児の作なりとて拙きをすてたまわずこのぬしとある処に、御名を記させたまえとこそ。

明治三十五年壬寅正月鏡花

[#改ページ]

一

「どうも相済みません、昨日もおいで下さいましたそうで毎度恐入ります。」

と慇懃にいいながら、ばりかんを持って椅子なる客の後へ廻ったのは、日本橋人形町通の、茂った葉柳の下に、おかめ煎餅と見事な看板を出した小さな角店を曲って、突当の煉瓦の私立学校と背合せになっている紋床の親方、名を紋三郎といって大の怠惰者、若い女房があり、嬰児も出来たし、母親もあるのに、東西南北、その日その日、風の吹く方にぶらぶらと遊びに出て、思い出すまでは家に帰らず、大切な客を断るのに母親は愚痴になり、女房は泣声になる始末。

またかい、と苦笑をして、客の方がかえって気の毒になる位、別段腹も立てなければ愛想も尽かさず、ただ前町の呉服屋の若旦那が、婚礼というので、いでやかねての男振、玉も洗ってますます麗かに、雫の垂る処で一番綿帽子と向合おうという註文で、三日前からの申込を心得ておきながら、その間際に人の悪い紋床、畜生め、か何かで新道へ引外したために、とうとう髭だらけで杯をしたとあって、恋の敵のように今も憤っているそればかり。町内の若い者、頭分、芸妓家待合、料理屋の亭主連、伊勢屋の隠居が法然頭に至るまで、この床の持分となると傍へは行かない。目下文明の世の中にも、特にその姿見において、その香水において、椅子において、ばりかんにおいて、最も文明の代表者たる床屋の中に、この床ッ附ばかりはその汚さといったらないから、振の客は一人も入らぬのであるが、昨日は一日仕事をしたから、御覧なさいこの界隈にちょっと気の利いた野郎達は残らず綺麗になりましたぜ、お庇様を持ちまして、女の子は撫切だと、呵々と笑う大気焔。

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