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TORENDIA

南国太平記

本文約486,200字 ・ 読了時間 約973分

あらすじ(AIが作成しました)

島津家の兵道家である加治木玄白斎は、秘伝の術を修得する中で、山野で怪死した猟師の犬を発見する。その後、呪術の痕跡を山中の岩場に見出した玄白斎は、宿敵である牧による呪殺の企みを察知し、自らも衰弱する中で対抗する修法を執り行う。本作は、幕末の薩摩藩を舞台に、斉彬の遺志を継ぐ軽輩の青年たちが、藩内の争いや思惑を越えてそれぞれの道を切り開こうとする気概と絆を描く。

直木三十五

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呪殺変

高い、梢の若葉は、早朝の微風と、和やかな陽光とを、健康そうに喜んでいたが、鬱々とした大木、老樹の下蔭は、薄暗くて、密生した灌木と、雑草とが、未だ濡れていた。

樵夫、猟師でさえ、時々にしか通らない細い径は、草の中から、ほんの少しのあか土を見せているだけで、両側から、枝が、草が、人の胸へまでも、頭へまでも、からかいかかるくらいに延びていた。

その細径の、灌木の上へ、草の上へ、陣笠を、肩を、見せたり、隠したりしながら、二人の人が、登って行った。陣笠は、裏金だから士分であろう。前へ行くその人は、六十近い、白髯の人で、後方のは供人であろうか? 肩から紐で、木箱を腰に垂れていた。二人とも、白い下着の上に黄麻を重ね、裾を端折って、紺脚絆だ。

老人は、長い杖で左右の草を、掻き分けたり、たたいたり、撫でたり、供の人も、同じように、草の中を注意しながら、登って行った。

老人は、島津家の兵道家、加治木玄白斎で、供は、その高弟の和田仁十郎だ。博士王仁がもたらした「軍勝図」が大江家から、源家へ伝えられたが、それを秘伝しているのが、源家の末の島津家で、玄白斎は、その秘法を会得している人であった。

口伝玄秘の術として、明らかになっていないが、医術と、祈祷とを基礎とした呪詛、調伏術の一種であった。だから、その修道者として、薬学の心得のあった玄白斎は、島津重豪が、薬草園を開き、蘭法医戸塚静海を、藩医員として迎え、ヨーンストンの「阿蘭陀本草和解」、「薬海鏡原」などが訳されるようになると、薬草に興味をもっていて、隠居をしてから五六年、初夏から秋へかけて、いつも山野へ分け入っていた。

行手の草が揺らいで、足音がした。玄白斎は、杖を止めて立止まった。仁十郎も、警戒した。現れたのは猟師で、鉄砲を引きずるように持ち、小脇に、重そうな獲物を抱えていた。猟師が二人を見て、ちらっと上げた眼は、赤くて、悲しそうだった。そして、小脇の獣には首が無かった。疵口には、血が赤黒く凝固し、毛も血で固まっていた。猟師は、一寸立止まって、二人に道を譲って、御叩頭をした。玄白斎は、その首のない獣と、猟師の眼とに、不審を感じて

「それは?」

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