大衆文芸作法
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あらすじ(AIが作成しました)
大衆文芸の定義と意義、そして執筆の心得を論じる。震災後に興味中心の髷物や時代物として発展した背景を説き、大衆文芸を、平易な表現と興味を重視し、人生や人間生活上の問題を扱うものと定義する。従来の芸術小説が思索を過度に尊重してきた点を批判し、科学的視点を取り入れつつ、新たな恋愛道徳や風俗を描き出すべきだと提唱する。激動する時代の中で、多様で優れた文芸作品が創造されることの必要性と、将来への期待を綴る。
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第一章 大衆文芸の定義
一体、定義というものを、物の進行中に、未だ完成されていない未発達の状態にある時は与える事はむずかしい。現在進行しつつある、発達の過程にはあるが未だ充分発達したとはいえない、大衆文芸に対して、現在のままの姿へ、定義というものを与えたなら――それは、与え得ても、直ちに不満足なものになって了うであろうと思われる。
併し、もしその将来を想像して、かく成るべき物が、大衆文芸であるというのなら、現在と共に、将来を包含して一つの定義を下し得ぬ事もない。それを下すに就いては、現在と、将来の外に、大衆文芸の歩んできた過去の道をも顧る必要がある。私は、その点からこの講義を始めて行きたい。
現在、大衆文芸の名によって呼ばれている如き作品、及びその作家は、震災後に著しく発達し、大衆文芸なる名称も、従って亦その時代以後に使用されるに至ったものである。震災以前とて、その傾向が無いではなかったが、従来の型の如き型を破った髷物小説は、僅かに、指折ってみて、中里介山の「大菩薩峠」(都新聞)、国枝史郎の「蔦葛木曾桟」(講談雑誌)、白井喬二の「神変呉越草紙」(人情倶楽部)、大佛次郎の「鞍馬天狗」(ポケット)に過ぎなかったものである。
然も、現在に於て、これらの作家は、大衆作家として第一流の名声を獲得しているが、その当時に於ては、殆んど人の知る者無く、読書階級に於ては勿論、一般の人々にも迎えられていなかったものであった。
震災後に於て、プラトン社より「苦楽」が出て、講談物を一蹴して、新らしき興味中心文芸を掲載すると同時に、この新らしき機運は大いに動いて来たのであった。そうして新聞社関係の人々は、こういう作品に、新講談という名を与え、文藝春秋、新小説の人々は、読物文芸という名によって呼んでいたのである。