知々夫紀行
本文約15,700字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
八月六日、幸田露伴は寒月子と共に知々夫への旅に出る。熊谷より荒川に沿って進み、寄居を経由して秩父の山々の風景を巡る。武甲山の雄々しい姿や三峰の社殿に触れ、雁坂峠を越えて甲斐へ向かう計画を断念した後は、大宮を経て秩父路を帰路につく。本書は、東京から知々夫へ向かう道のりの風景や祭事、土地の伝承、旅の情趣を綴る紀行文である。
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八月六日、知々夫の郡へと心ざして立出ず。年月隅田の川のほとりに住めるものから、いつぞはこの川の出ずるところをも究め、武蔵禰乃乎美禰と古の人の詠みけんあたりの山々をも見んなど思いしことの数次なりしが、ある時は須田の堤の上、ある時は綾瀬の橋の央より雲はるかに遠く眺めやりし彼の秩父嶺の翠色深きが中に、明日明後日はこの身の行き徘徊りて、この心の欲しきまま林谷に嘯き傲るべしと思えば、楽しさに足もおのずから軽く挙るごとくおぼゆ。牛頭山前よりは共にと契りたる寒月子と打連れ立ちて、竹屋の渡りより浅草にかかる。午後二時というに上野を出でて高崎におもむく汽車に便りて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中の塵埃のい、馬車の騒ぎあえるなど、見る眼あつげならざるはなし。とある家にて百万遍の念仏会を催し、爺嫗打交りて大なる珠数を繰りながら名号唱えたる、特に声さえ沸ゆるかと聞えたり。
上野に着きて少時待つほどに二時となりて汽車は走り出でぬ。熱し熱しと人もいい我も喞つ。鴻巣上尾あたりは、暑気に倦めるあまりの夢心地に過ぎて、熊谷という駅夫の声に驚き下りぬ。ここは荒川近き賑わえる町なり。明日は牛頭天王の祭りとて、大通りには山車小屋をしつらい、御神輿の御仮屋をもしつらいたり。同じく祭りのための設けとは知られながら、いと長き竿を鉾立に立てて、それを心にして四辺に棒を取り回し枠の如くにしたるを、白布もて総て包めるものありて、何とも悟り得ず。打見たるところ譬えば糸を絡う用にすなる子というもののいと大なるを、竿に貫きて立てたるが如し。何ぞと問うに、四方幕というものぞという。心得がたき名なり。