東西伊呂波短歌評釈
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あらすじ(AIが作成しました)
東西伊呂波短歌評釈は、東京と西京の小児の遊びに用いる骨牌の伊呂波短歌を比較し、その意味や趣を論じる随筆である。東西で言語や風俗が異なることに着目し、それぞれの諺が示す教訓や諷刺、また地域ごとの気質の違いを対照させながら、その由来や解釈を綴る。全四十八枚のうち一致するものが僅かであることに触れつつ、各々の地域性が反映された短歌の比較を通して、江戸と京坂地方の文化的な差異を明らかにしようとする試みである。
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東京と西京とは、飲食住居より言語風俗に至るまで、今猶頗る相異なるものあり。それも、やがては同じきに帰す可けれど、こゝしばらくは互に移らざらむ歟。そは兎まれ角まれ、小児の年の初に用ゐて遊ぶ骨牌子に記されたる伊呂波短歌などいふも、東京のと西京のとは、いたく異なりて、其の同じきものは四十八枚中わづかに二三枚に過ぎざるぞおもしろき。今試に東西に行はるゝところのものを取りて之を比較せん。
東 狗も歩けば棒にあたる
西 いや/\三盃
東のは、事を為すものは思はぬ災を受くることありといふ意、又は其の反対に、才無き者も能く勤むれば幸を得ること有りといふの意にして、西のは、其の語の用ゐらるゝ場合不明なれども、既に人の客たれば、いや/\ながらも三盃を斟むべし、といふ意か、いや/\三盃又三杯とつゞけてもいふことあれば、薄の酒を酌むに、いや/\ながらも杯を重ぬれば、其の中にはおのづから酔ひて之を楽むに至るといふことを云へるか、或は又虚礼謙譲の陋しきを笑へる意の諺なるべし。
東 論より証拠
西 論語読みの論語知らず
東のは寸鉄人を殺すの語、西のは冷罵骨に入るの句なり。
東 花より団子
西 針の孔から天
東のは徒美の益なく、実効の尊ぶべきを云ひ、西のは小を以て大を尽す可からざることを云へるにて、東京の、よの字の短語「よしの髄より天」といへると其の意おなじ。古は西のは、「八十の手習」といへるなりしとか。
東 にくまれ子は世にはびこる
西 おなじ
舐犢の愛を受けて長ずるものを貶して、祖母育ちは三百廉いといへる諺に引かへ、憎まれ子の世に立ちて名を成し群を抜くことを云へる、東西共に同じきもおもしろし。
東 ほね折り損のくたびれ儲け
西 ほとけの顔も三度
徒労の身を疲らす有るのみなるを嘆じたるは東の語、慈顔も之を冒すこと数すれば怒ることを云へるは西の語なり。
東 屁を放つて尻すぼめ
西 下手な長談義
東は後悔のはかなきを笑ひ、西は拙者の人を苦むるを嘲りたり。
東 年寄の冷水
西 豆腐に鎹
老人のなまじひに壮者を学ぶを危めるは東の諺、鉄釘至剛なるも至軟の物を如何ともする能はざるを歎ぜるは西の語。
東 塵積つて山
西 地獄の沙汰も金