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TORENDIA

矢立のちび筆

本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

かつて巴里に憧れ西洋の文学芸術を熱狂的に崇拝した著者が、日本での生活を通じて抱いた変化を綴る。気候や風土、社会環境が自身の感覚を変化させ、かつて愛した西洋芸術と自身の生活感情との乖離に気づく。現代文壇が西洋の流行を追う中、著者はあえて進取の気運から退き、自らの体質や境遇に合う趣味の芸術を求め、隠退者のような心境で静安を志向するに至った自身の内面的な転換と文学的態度を表明する。

永井荷風

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🎧 矢立のちび筆 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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或人に答ふる文

思へば千九百七、八年の頃のことなり。われ多年の宿望を遂げ得て初めて巴里を見し時は、明くる日を待たで死すとも更に怨む処なしと思ひき。泰西諸詩星の呼吸する同じき都の空気をばわれも今は同じく吸ふなり。同じき街の敷石をば響も同じくわれも今は踏むなり。世界の美妓名媛の摘む花われもまた野に行かば同じくこれを摘むことを得ん。われはヴェルレエヌの如くにカッフェーの盃をあげレニエーの如くに古城を歩み、ドーデの如くにセーヌの水を眺め、コッペエの如くに舞蹈場に入り、ゴーチエーの如くに画廊を徘徊しミュッセの如くにしばしば泣きけり。かくてわれは世に最も幸福なる詩人となりぬ。如何となればわれは崇め祭るべき偶像あまた持つ事を得たればなり。十七世紀以降二十世紀に至る仏蘭西文芸史上にその名を掲げられしものは悉くわが神なりけり。然れどもわれは仏蘭西語にて物書く事能はざりしかばやむなく日本語を以てわが感想を述べ綴りき。この弱点は忽ち怪我の功名となりぬ。もしわれにして恣に仏蘭西文をものし得たらんには、軽々しくジャン・モレアスを学びて外人にして仏蘭西文壇に出るも豈難からんやなど、法外の野望を起したらんも知るべからず。然れども幸なる哉、わが西洋崇拝の詩作は尽く日本文となりて日本の文壇に出づるや、当時文壇の風潮と合致する処ありければ忽ち虚名を贏ち得たりき。けだし偶然の事なり。

歳月匆々十歳に近し。われ今当時の事を顧れば茫として夢の如しといはんのみ。如何となればわれまた当時の如き感情を以て物を見る事能はざればなり。物あるひは同じかるべきも心は全く然らず。われは当初日本の風景及び社会に対しても勉めてピエール・ロッチの如き放浪詩人の心を以てこれを観る事を得たりしが、気候、風土、衣服、食品、住居の類は先づわが肉体を冒して漸次にわが感覚を日本化せしむると共に、当代の政治並に社会の状態は事あるごとに宛然われをして封建時代にあるの思あらしめき。もし封建の語を忌まば封建の美点を去りてその悪弊をのみ保存せし劣等なる平民時代といはんこそ更に妥当なるべけれ。

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