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TORENDIA

少年時代

本文約7,100字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

慶応三年に神田で生まれた著者が、自身の幼少期から少年時代までの記憶を綴る。病弱で眼を患いながらも、手習いや漢学の厳しい学習に励む日々を描く。家族や祖母の厳格な教育、学校での友人との交流、草双紙への没頭、そして日常的な遊びを通じて成長していく様を回想する。家庭環境の中で培われた忍耐や注意力、まめな性格が後の自身の糧となったことを語り、小学校卒業までの出来事や学びを簡潔に振り返る随筆である。

幸田露伴

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🎧 少年時代 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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私は慶応三年七月、父は二十七歳、母は二十五歳の時に神田の新屋敷というところに生まれたそうです。其頃は家もまだ盛んに暮して居た時分で、畳数の七十余畳もあったそうです。併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌年は上野の戦争がある、危い中を母に負われて浅草の所有地へ立退いたというような騒ぎだったそうです。大層弱い生れつきであって、生れて二十七日目に最早医者に掛ったということです。御維新の大変動で家が追々微禄する、倹約せねばならぬというので、私が三歳の時中徒士町に移ったそうだが、其時に前の大きな家へ帰りたい帰りたいというて泣いていて困ったから、母が止むを得ず連れて戻ったそうです。すると外の人が住んで居て大層様子が変わって居たものだから、漸く其後は帰りたいといわないようになったそうです。それから其後また山本町に移ったが、其頃のことで幼心にもうすうす覚えがあるのは、中徒士町に居た時に祖父さんが御歿なりになったこと位のものです。

六歳の時、關雪江先生の御姉様のお千代さんと云う方に就いて手習を始めた。此方のことは佳人伝というものに出て居る、雪江先生のことは香亭雅談其他に出て居る。父も兄も皆雪江先生に学んだので、其縁で小さいけれども御厄介になったのです。随分大勢習いに来るものもありました。男女とも一室で、何でも年の大きい女の傍に小さい男の児が坐るというような体になって居たので、自然小さいものは其傍に居る娘さん達の世話になったのです。私はお蝶さんという方を大層好いて居て、其方をたよりにばかりして居た。其方に手を執って世話を仕て貰うと清書なども能く出来るような気が仕た。お蝶さんという方は後に關先生の家の方になられた。其頃習うたものは、「いろは」を終って次が「上大人丘一巳」というものであったと覚えて居る。

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