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TORENDIA

面とペルソナ

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

顔面は人の存在において中心的な地位を占め、単なる肉体の一部ではなく人格の座である。本作は、この顔面を切り取り舞台で役柄を演じるために用いる「面」を考察する。能面や伎楽面が、動く肢体を得ることで表情を獲得し、人格を表現する過程を分析。そこから、役目を意味する「ペルソナ」という言葉が、行為の主体である人格を指すように変遷した歴史的な背景と、顔面の不思議さとの関連性を論じる。

和辻哲郎

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🎧 面とペルソナ / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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問題にしない時にはわかり切ったことと思われているものが、さて問題にしてみると実にわからなくなる。そういうものが我々の身辺には無数に存している。「顔面」もその一つである。顔面が何であるかを知らない人は目明きには一人もないはずであるが、しかも顔面ほど不思議なものはないのである。

我々は顔を知らずに他の人とつき合うことができる。手紙、伝言等の言語的表現がその媒介をしてくれる。しかしその場合にはただ相手の顔を知らないだけであって、相手に顔がないと思っているのではない。多くの場合には言語に表現せられた相手の態度から、あるいは文字における表情から、無意識的に相手の顔が想像せられている。それは通例きわめて漠然としたものであるが、それでも直接逢った時に予期との合不合をはっきり感じさせるほどの力強いものである。いわんや顔を知り合っている相手の場合には、顔なしにその人を思い浮かべることは決してできるものでない。絵をながめながらふとその作者のことを思うと、その瞬間に浮かび出るのは顔である。友人のことが意識に上る場合にも、その名とともに顔が出てくる。もちろん顔のほかにも肩つきであるとか後ろ姿であるとかあるいは歩きぶりとかというようなものが人の記憶と結びついてはいる。しかし我々はこれらの一切を排除してもなお人を思い浮かべ得るが、ただ顔だけは取りのけることができない。後ろ姿で人を思う時にも、顔は向こうを向いているのである。

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