TRENDIA CLASSIC

岡倉先生の思い出

和辻哲郎

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今度岡倉一雄氏の編輯で『岡倉天心全集』が出始めた。第一巻は英文で発表せられた『東洋の理想』及び『日本の覚醒』の訳文を載せている。第二巻は『東洋に対する鑑識の性質と価値』その他の諸篇、第三巻は『茶の書』を含むはずであるという。岡倉先生の主要著作が英文であったため在来日本の読者に比較的縁遠かったことは、岡倉先生を知る者が皆遺憾としたところであった。今その障害を除いて先生の天才を同胞の間に広めることは誠に喜ばしい企てであると思う。

岡倉先生が晩年当大学文学部において「東洋巧芸史」を講ぜられた時、自分はその聴講生の一人であった。自分の学生時代に最も深い感銘を受けたものは、この講義と大塚先生の「最近文芸史」とである。大塚先生の講義はその熱烈な好学心をひしひしと我々の胸に感じさせ、我々の学問への熱情を知らず知らずに煽り立てるようなものであったが、それに対して岡倉先生の講義は、同じく熱烈ではあるがしかし好学心ではなくして芸術への愛を我々に吹き込むようなものであった。もちろん先生は芸術への愛を口にせられたのではない。ただ美術史的にさまざまの作品について語られたのみである。しかし先生がある作品を叙述しそれへの視点を我々に説いて聞かせる時、我々の胸にはおのずからにして強い芸術への愛が湧きのぼらずにはいなかった。一言に言えば、先生は我々の内なる芸術への愛を煽り立てたのである。これはあの講義の事実的内容よりもはるかに有意義なことであったと思う。

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