安吾新日本風土記
本文約22,700字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
日向への旅で富山の薬売りの広告を目にした著者は、かつて親しんだ富山の薬を追う旅へ出る。あわせて故郷である越後の名物、毒消し売りと芸者の実態を探求する。古くから農耕に適さない環境下で独自の行商文化を築いた毒消し売りの村は、外観の貧しさとは裏腹に、驚くほど豊かな邸宅群を抱えていた。本作は、越後の地で連綿と続く独特な労働習慣と、土地に根付く不可解な伝統や人々の暮らしに迫る紀行文である。
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発端
先月日向を旅行したとき、宮崎市内の鉄道沿線に「クスリは富山の広貫堂」という広告板を見た。富山の薬は販売員が各地の家庭を一々訪問して薬袋を預けて行く特別な商法であるが、南の果の日向にまでその行商の足がのびているのかと思うと、本拠地を訪問したい意欲がうごいたのである。
私もずいぶん富山の薬をのんだものだ。ちょッとした病気になる。壁や柱に富山の薬袋がぶらさがっているとつい飲むようになるのは人情だ。カゼ薬。よく胃痛腹痛をやったから熊の胆と赤玉。通算すれば相当の量をのんでいる。販売員が年に一度やってきて、袋をしらべ、薬をつめかえ、去年の代金を受けとって行くのも目になれた姿だった。そんなわけで富山の薬は私の生活史に浅からぬ因縁もあるものだから、戦争前にふと古本屋の店頭に「富山売薬業史資料集」という三冊つづきの本をみつけて、特別の必要があるわけでもないのに買いもとめたこともあった。もっとも先年税務署に本を持って行かれてしまったので、いまは手もとにない。
行商は商業の最も原始的な形態だ。現今でも押売りという行商が横行しているが、富山の薬は一風変っていて、代金は後廻しだ。まず薬袋を預けて行く。翌年見廻りにきて、のんだ分の代金をうけとって行くという仕組みである。代金後払いというところが一般の行商と類を異にしているから、どこの家庭でも押売りとは区別して考える。一つは歴史のせいもあろう。夏の金魚売りなぞと同じように、なくてはならぬ土地の風物化している親しさもあって、関東の農村では村々の入口に「押売りの村内立入りお断り」という高札がかかげてあるが、富山の薬売りと越後の毒消し売りは特別だ。毒消し売りは現金引き換えであるが、これもその歴史と、売り子が女という点に親しみがあるのであろう。毒消し売りはちょッとした美人系で、その伝説によっても名物化しているようだ。