本文へ移動
TORENDIA

近藤重藏の富士山

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

成長した息子や娘と共に散策に出た著者が、瀧野川の紅葉寺や不動寺を訪ね、近藤重藏が築いた富士山という小模型や彼自身の人物像に思いを馳せる様子を綴る。江戸時代の知識人でありながら才気と行動力を併せ持つゆえに波乱の生涯を送った重藏の運命と、現代にまでその名を残す北辺開拓の先駆者としての才学を論じつつ、日本人の精神的象徴である富士山の崇高さを重ね合わせ、歴史の変遷や個人の人物評価について考察を加える随筆である。

大町桂月

速度
🎧 近藤重藏の富士山 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

這へば立て、立てば歩めと育つる子の、歩きても、『おんぶ』せざるやうになるまでの年月は、短しとせず。四郎もこの頃は漸く『おんぶ』を口にせざるやうになりぬ。さあ來い、運動につれていつてやらうと云へば、『飛び/\』をして喜ぶ。桃葉も倶にす。途に東行を誘へり。

大※[#「土へん+(蒙-くさかんむり)」、U+585C、126-8]驛さして行く。市區改正は郡部にも及びて、路幅は倍以上にならむとし、兩側の家みな新たにならむとす。肴屋には秋刀魚重なり合ひ、八百屋には、唐菜、三河島、大根、葱などの山積する時節也。開業の飾花々しき賣藥の店頭、蓄音機空しく客を呼ぶ。老婆二人ちよこ/\と後より過ぎ越しがてら、振りかへりて、乞食橋は何處にかと問ふ。乞食橋と云ふかは知らねど、四五町も行けば小さな橋ありと答ふれば、淺草はどの方角にあたるかと問ふ。こちらなりと指さしたれど、顧みだにせずして急ぎゆく。

大町桂月の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本