TRENDIA CLASSIC

木に上った子供

小川未明

1 / 5

あるところに、辰吉という少年がありました。辰吉は、小さな時分に、父や母に別れて、おばあさんの手で育てられました。

ほかの子供が、やさしいお母さんにかわいがられたり、姉さんや、兄さんにつれられて、遊びにいったりするのを見ると、辰吉は、自分ばかりは、どうして、独りぼっちなのであろうと悲しく思いました。

「おばあさん、僕のお母さんは、どうしたの?」と、辰吉は、おばあさんにたずねました。すると、おばあさんは、しわの寄った手で、辰吉の頭をなでながら、

「おまえのお母さんは、あっちへいってしまったのだ。」と答えました。

辰吉は、あっちというところが、どこであるか、わかりませんでした。ただ、あちらの雲の往来する、そのまたあちらの、空のところだと思って、目に涙ぐむのでありました。

「おばあさん、僕のお母さんは、いつ帰ってくるの?」と、辰吉はたずねました。

すると、おばあさんは、孫の頭をなでて、

「おまえのお母さんは、空へ上ってお星さまになってしまったのだから、もう帰ってこないのだ。おまえがおとなしくして、大きくなるのを、お母さんは、毎晩、空から見ていなさるのだよ。」と、おばあさんはいいました。辰吉は、それをほんとうだと信じました。それからは、毎晩のように、戸外に出て、青黒い、夜の空に輝く星の光を見上げました。

「どれが、僕のお母さんだろう?」といって、彼は、ひとり、いつまでも夜の空に輝いている星をば探しました。

いつであったか、辰吉は、おばあさんから、人間というものは死んでしまえば、みんな天へ上って、星になってしまうものだと聞いていました。

夜の空に輝く星の中には、いろいろありました。大きく、ぴかぴかと、白びかりをするものや、また、じっとして、赤く輝いているものや、また、かすかに、小さく、ほたる火のように光っているものなどがありました。辰吉は、どれが、自分の恋しいお母さんの星であろうと思いました。

「お母さんは、きっと、僕の家の屋根の上にきて僕を見てくださるだろう。」と、辰吉は信じました。

小川未明の他の作品