あるところに、子供をかわいがっている夫婦がありました。その人たちの暮らしは、なにひとつとして不足を感ずるものはなかったのでありましたから、夫婦は、朝から晩まで、子供を抱いてはかわいがっていることができました。
子供は、やっと二つになったばかりの無邪気な、かわいらしい盛りでありましたので、二人は、子供の顔を見ると、なにもかも忘れてしまって、ただかわいいというよりほかに思うこともなかったのであります。
「どうしてこんなに無邪気なのでしょうね。赤ちゃんの目には、なんでも珍しく見えるのでしょうね。ほんとうに、こんなときは神さまも同じなんですわね。」と、妻は、夫に向かっていいました。
夫も目を細くして、じっとやさしみのある目を子供に向けて、妻の言葉にうなずくのでありました。二人は、同じように、我が子をかわいがりましたが、中にも妻は女であるだけに、いっそうかわいがったのであります。
しかし、この世の中は、美しい、無邪気なものが、つねに、神に愛されて変わりなしにいるとばかりはまいりません。美しい、無邪気なものでも、冷酷な運命にもてあそばれることがたびたびあります。それはどうすることもできなかったのでありました。
こんなに、二人が大事にしていた子供が病気にかかりました。二人は、どんなに心配をしたでしょう。あらんかぎりの力をつくしたにもかかわらず、小さな、なんの罪もない子供は、幾日か高い熱のために苦しめられました。そして、そのあげく、とうとう花びらが、むごたらしい風にもまれて散るように、死んでしまいました。
その後で、この二人のものは、どんなに悲しみ、なげいたでありましょう。自分たちの命を縮めても、どうか子供を助けたいと、心の中で神に念じたのも、いまは、なんの役にもたちませんでした。
「この世の中には、神も仏もない。」と、二人はいって、神をうらみました。