本文へ移動
TORENDIA

花と人の話

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

花屋の店先に並ぶ三つの鉢植えのアネモネは、それぞれ異なる人の手に渡る。美しい令嬢に買われた一鉢は室内で香水をかけられ、大学生に買われた一鉢は不適切な水遣りにより、共に短期間で枯れてしまう。一方、二人の子供に買われた最後の一鉢は、日当たりの良い庭で手厚く世話をされ、子供たちとの交流を通じて幸福な時間を過ごす。物語は、花の行く末と人間との関わりを通し、命の尊さと慈しみの心を静かに描き出す。

小川未明

速度
🎧 花と人の話 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 5

真紅なアネモネが、花屋の店に並べられてありました。同じ土から生まれ出た、この花は、いわば兄弟ともいうようなものでありました。そして、大空からもれる春の日の光を受けていましたが、いつまでもひとところに、いっしょにいられる身の上ではなかったのです。

やがて、たがいにはなればなれになって、別れてしまわなければならなかった。そして、たがいの身の上を知ることもなく、永久にふたたびあうことは、おそらくなかったのであります。甲のアネモネの鉢は、赤い色の素焼きでした。乙のアネモネの植わっている鉢も、やはり同じ色をしていました。丙のアネモネの鉢は、黒い色の素焼きでありました。この三つの鉢は並んでいました。そして、あたりは静かであって、ただ、遠い街の角を曲がる荷車のわだちの音が、夢のように流れて聞こえてくるばかりであります。

このとき、甲のアネモネは、

「いまにも、だれかきて、私たちを買っていってしまうかもしれない。なんと私たちは、はかない運命でしょう。私は、あの黒い、広い、圃がなつかしい。昔、みんなして、あの圃の中に生まれて顔を出したあの時分が、いちばん楽しかったと思います。」といいました。

「ほんとうに、あの時分が、いちばん楽しかったですね。風は寒かったけれど、朝晩、日の光は、弱く、悲しかったけれど、そして夜には、霜が降って、私たちを悩ましたけれど、やはり、あの時分がいちばんよかったように思います。」と、丙のアネモネがいいました。

二つのアネモネの話を黙って聞いていた、乙のアネモネは、顔を上げて、

「私たちは、どこへゆくでしょう。どうかかわいがってくれる人の手に渡りたいものですね。おそらく、いっしょにはいられないでしょう。たとえ、もう二度と顔が見られなくても、おたがいにしあわせであればいいのです。けれど、みんなが同じようにしあわせであることはできないでありましょう。」といいました。

小川未明の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本