ここにかわいらしい、赤ちゃんがありました。赤ちゃんは、泣きさえすれば、いつも、おっぱいがもらわれるものだと思っていました。まことに、そのはずであります。いつも赤ちゃんが泣きさえすれば、やさしいお母さんはそばについていて、柔らかな、白いあたたかな乳房を赤ちゃんの唇へもっていったからであります。
それから、まただいぶ日がたちました。
赤ちゃんは、もとよりまだものがいえませんでした。ただ手まねをしてみせたばかりです。赤ちゃんは、なにかお菓子がほしいと、小さなかわいらしい、それは大人の口なら一口でのんでしまわれそうな、やわらかな掌を振って、「おくれ。」をいたしました。
すると、なんでも、よく赤ちゃんの心持ちがわかるお母さんは、いつでも、赤ちゃんの好きそうな、そして毒にならないお菓子を与えました。それで、赤ちゃんは、いつもお乳が飲みたければ、すぐにお乳が飲まれ、またお菓子がほしければ、いつでもお菓子をもらうことができたのです。
赤ちゃんは、そう都合よくいくのを、けっして不思議ともなんとも思いませんでした。そして、むしろそれがあたりまえのように思っていました。というのは、お母さんがそばにいなかったときでも、おっぱいがほしいといって、すぐにもらわれないと怒って泣いたからです。
あるとき、赤ちゃんは、だれもそばにいなかったとき、茶だんすにつかまって立ちながら、たなの上に乗っている、めざまし時計をながめました。時計は、カッチ、カッチ、といって、なにかいっていました。赤ちゃんは、不思議なものを見たように、しばらく、びっくりした目つきで、黙って時計を見ていました。そして、赤ちゃんはにっこりと笑いました。赤ちゃんは、時計がなにかいって、自分をあやしてくれると思ったのです。赤ちゃんは、時計をいつまでも見ていました。時計はしきりに、なにか赤ちゃんに向かっていっていますので、赤ちゃんは、幾たびもにっこりと笑って、時計に答えていました。そのうちに、赤ちゃんは、お菓子がほしくなりました。それで、かわいらしい右手を出して、時計に向かって、「おくれ。」をしました。