TRENDIA CLASSIC

春になる前夜

小川未明

1 / 5

すずめは、もう長い間、この花の国にすんでいましたけれど、かつて、こんなに寒い冬の晩に出あったことがありませんでした。

日が西に沈む時分は、赤く空が燃えるようにみえましたが、日がまったく暮れてしまうと、空の色は、青黒くさえて、寒さで音をたてて凍て破れるかと思われるほどでありました。どの木のこずえも白く霜で光っています。ものすごい月の光が一面に、黙った、広い野原を照らしていたのでありました。

すずめは、一本の枝に止まって、この気味悪い寒い夜を過ごそうとしていたのです。そのとき、ちょうど下の枯れた草原を、おおかみが鼻を鳴らしながら通ってゆきました。

山にも、沢にも、もはや食べるものがなかったので、おおかみはこうして飢じい腹をして、あたりをあてなくうろついているのです。すずめはそれを毎夜のように見るのでした。おおかみも今夜は寒いとみえて、ふっ、ふっと白い息を吐いていました。そして、氷の張った水盤のような月に向かって、訴えるようにほえるのでありました。

すずめは、さすがのおおかみもやはり、今夜はたまらないのだと思って、黙って下を見ていますと、おおかみは、急に腹だたしそうに、もう一度高い声で叫びをあげると、荒野を一目散に、あちらへと駆けていってしまったのです。すずめはしばらく、その後ろ姿を見送っていましたが、いつかその姿は、白いもやの中に消えて見えなくなりました。

すずめは、もうこれから、長い夜をなんの影も、また声も聞くことがないと思いました。どうか、今夜を無事に過ごしたいものだと思って、じっとして目を閉じて眠る用意をしたのです。しかし、寒くて、いつものように、どうしてもすぐには眠つくことができませんでした。

そのうち、急にあたりがざわざわとしてきました。驚いて目を開けて見まわしますと、いままで、さえていた月の面には、雲がかかって北西の方から、寒い風が吹いてくるのでした。すずめは、いよいよ天気が変わると思いました。

北国には、こうして、掌の裏を返さないうちに、天気の変わることがあります。

小川未明の他の作品