TRENDIA CLASSIC

みつばちのきた日

小川未明

1 / 5

雪割草は、ぱっちりと目を開いてみると、びっくりしました。かつて、見たことも、また考えたこともない、温かな室の中であったからです。そして、自分のまわりには、美しいいろいろの花が、咲き乱れていたからであります。

雪割草は、小さな頭の中で、過去を考えずにはいられませんでした。この雪の降る、風の烈しい、岩蔭で咲いた日のことが、ぼんやりと浮かびました。それは、谷から捲き起こる風の叫びであったか、また、山を越えて、あちらの海からうめき起こる波の音であったかしれないが、たえず、すさまじい、魂を戦かせるような響きをきいて、花弁を震わせながら咲いていたのでした。

しかし、その日を不幸だとは考えなかった。春になると、羽のうす紅い、小さなちょうが、たずねてきてくれた。また、夜になると、清らかな星がじっと見守って、いろいろ不思議な話をしてくれたからであります。

「しかし、いったいここは、どこなんだろう。」と、雪割草は、あたりをながめて、独語をもらしました。

すると、すぐ、自分の頭の上に、くじゃくの羽を垂れたような、貴族的ならんが、だらりと舌を出したように、みごとな花をつけていましたが、その言葉をききつけると、

「おまえさんのような田舎者には、ここは、ちとぜいたくすぎるようなところなんだよ。ここは、人間が金をかけて造っている温室なのさ。わたしはここへきてから二年めになるから、よくこの室の中のことは、なんでも知っている。おまえさんだって、山にいてごらんなさい。どんなに寒いことか。そして、まだなかなか花を咲くどころでない。こうしてかわいがられたのも、早くおまえさんに花を咲かして、お客に売るつもりなんだから、これから、おまえさんも、いままでのように、いいことはあるまいよ。」と、らんはいいました。

雪割草は、なるほどそういうらんのようすを見上げて、美しい姿だと、つくづく感心しました。

「それで、あなたは、どうしてここにきて、二年もおいでなさるのですか?」と、雪割草は、らんに向かって聞きました。

らんは、さもゆったりとした姿で、おうへいに雪割草を見下ろしながら、

小川未明の他の作品