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TORENDIA

北京日記抄

本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

北京の各所を巡る紀行を綴る。雍和宮の歓喜仏や喇嘛寺の見聞、東西の文化に精通した辜鴻銘との対談、十刹海の遊園で眺める人々の生活、昆曲の鑑賞、万寿山や天寧寺などの名所旧跡の散策を描く。中国の形式主義や歴史的建造物の現状に触れつつ、西洋文明を否定し辮髪を誇る老人との対話や、英雄の墓碑が実用的に転用される様など、随所に観察眼を光らせる。著者が北京の地で見聞きした風景や人物との交流を、独自の皮肉や感慨を交えて記す。

芥川龍之介

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一 雍和宮

今日も亦中野江漢君につれられ、午頃より雍和宮一見に出かける。喇嘛寺などに興味も何もなけれど、否、寧ろ喇嘛寺などは大嫌いなれど、北京名物の一つと言えば、紀行を書かされる必要上、義理にも一見せざる可らず。我ながら御苦労千万なり。

薄汚い人力車に乗り、やっと門前に辿りついて見れば、成程大伽藍には違いなし。尤も大伽藍などと言えば、大きいお堂が一つあるようなれど、この喇嘛寺は中々そんなものにあらず。永祐殿、綏成殿、天王殿、法輪殿などと云う幾つものお堂の寄り合い世帯なり。それも日本のお寺とは違い、屋根は黄色く、壁は赤く、階段は大理石を用いたる上、石の獅子だの、青銅の惜字塔だの(支那人は文字を尊ぶ故、文字を書きたる紙を拾えば、この塔の中へ入れるよし、中野君の説明なり。つまり多少芸術的なる青銅製の紙屑籠を思えば好し。)乾降帝の「御碑」だのも立っていれば、兎に角荘厳なるに近かるべし。

第六所東配殿に木彫りの歓喜仏四体あり。堂守に銀貨を一枚やると、繍幔をとって見せてくれる。仏は皆藍面赤髪、背中に何本も手を生やし、無数の人頭を頸飾にしたる醜悪無双の怪物なり。歓喜仏第一号は人間の皮をかけたる馬に跨り、炎口に小人を啣うるもの、第二号は象頭人身の女を足の下に踏まえたるもの、第三号は立って女を婬するもの。第四号は――最も敬服したるは第四号なり。第四号は牛の背上に立ち、その又牛は僭越にも仰臥せる女を婬しつつあり。されど是等の歓喜仏は少しもエロティックな感じを与えず。只何か残酷なる好奇心の満足を与うるのみ。歓喜仏第四号の隣には半ば口を開きたるやはり木彫りの大熊あり。この熊も因縁を聞いて見れば、定めし何かの象徴ならん。熊は前に武人二人(藍面にして黒毛をつけたる槍を持てり)、後に二匹の小熊を伴う。

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