芸術は生動す
本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
異常な事件の描写が芸術の価値を決めるのではなく、作家がいかに美や正義、人間愛に対して誠実であるかという点こそが芸術の本質であると論じる。体験に基づいた詩的感激がなければ、いかなる文章も真の芸術たり得ない。既存の文化や享楽的な作品の在り方に疑義を呈し、人生に対する深い感受性と人道主義的な信念を持ち、新生活を切り拓こうとする芸術家の真の姿と精神の在り方を考察する評論である。
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書かれている事件が人を驚かすのでない。そのことは、ちょうど私達が活動写真を見るようなものであります。奇怪な事件が重なり合っているような場合であっても見ている時は成程、其れによって、いろ/\なことを想像したりまた感興を惹かれたりしても、一たび外に出て冷やかな空気に触れゝば、つい、今しがた見たことが夢のように、もっと其れよりは淡い印象しか頭に残らないのであります。
ドストイフスキイの作品は、雑な人生の事件が取扱われていることを否まないけれど、私達に感銘を深からしむるのは、そのためでない。
このときに於て事件というものは、そんなに役立っていない。たゞこういうようなことが人生にあるかと考えさせるより、多くを語るものでないと感ぜられます。そして、いかに、そうした事実の前に人々が動いたかという、真実を他にしては、芸術というものがないように考えられます。活動写真は、たゞ眼先をいろ/\に換えて其の間に、驚異と人情とを印象させるようにするけれど、もとより稀薄たるを免れない。しばらくは忘れることの出来ぬようなものであってもやがては忘れてしまうのです。凡そその程度のものであるから、もとより享楽すべきものであって、これによって、旧文化の根底を改めて新文化をば建設しようなどゝ考えるのは、あまりに安価な考え方であると思われます。
独りドストイフスキイの作品ばかりでなく他の有名なる名作は、事件そのことが異常なものがあるのは事実であるけれど、そのソロが深刻な感銘を与えるものでないことはやはり同じであります。たゞ其の中に含まれた真実を他にしては、芸術の力というものは他にないように考えられます。
それは、美に対して、正義に対して、その作家が真剣であるという一事であります。私達は、体験を経ないような事柄に対してはそう愛も感じなければ、またそう憎みをも感ずることが出来ない。もとより同感することも出来ないのであります。