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TORENDIA

何を作品に求むべきか

本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

芸術における事件の描写と、作家による批評の重要性を論じる。作品は単に経験や筋の面白さを追うものではなく、作家の主観を通じた深い洞察が不可欠であると説く。ブルジョア作家や無産派作家が描く事実の背景にある人生の真実や構造的な問題を、作家がいかに良心に従い深く疑い、考察すべきかを提示する。文壇が抱える問題点として、物事の本質を鋭く疑う姿勢の欠如を指摘し、芸術家としての誠実な態度を強く求める。

小川未明

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作品が、その人の経験を物語り、それ等の事実から人生というものを知らしめるにとゞまって、これに対する作家の批評というようなものがなかったら、何うであろう。最も、ある人々は却って、芸術に、その批評を必要としないという者がある。

それ等の人々は、たゞ、経験をありのまゝに語ればいゝというのだ。その経験は裏付けられた、作家の主観が、即ち、その作品の厚みであり、深さであるから、批評めいたものを、必要としないというにある。

主観の必要なことは、いまさら言うを要しない。たゞ、批評ということに、全部の問題がかゝっているのだ。

然らば事件という事はそんなに重要なことか。重要なら、何のために重きをなすのか。それが、畢竟作品に変化を与え、面白く読ませるというに過ぎないなら、そこに疑いがあるであろう。

作品は、面白く読ませるということを、一条件としなければならぬのは、言うまでもない。しかし、何が面白く、何が面白くないということも、読者の態度と要求によって検議を要する。ただ、作品は、筋の面白味を言うのでないということだけは、少し思想のある人々は、既に、知っている筈なのだ。

どんな、複雑した、また、波瀾に富んだ事件であろうと、それについて真に深刻なる人生味を感ずる者は、実に、この経験者自身を措いて、他には決してないであろう。

所詮、芸術は、いかに如実に、現実を再現しようとしても、たゞ、事件それのみを語ることを目的としたり、畢竟、直接の経験した者の実感以上には、出ることができないのである。

芸術が、経験を通じて、何ものかを語らんとしていることは、事実である。

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