婦人の過去と将来の予期
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あらすじ(AIが作成しました)
西欧のロマンチシズム流入に伴い、日本で恋愛至上主義が台頭した時代背景を辿る。当時の自由結婚が経済生活の困窮という現実に直面し、自然主義思想の広まりとともに幻滅と家庭破壊が相次いだ経緯を記す。家出した女性たちが経済的な自立の必要性に目覚め、職業を求める過程やその限界を論じる。最終的に、男女が協力して社会の病弊を革め、共に理想社会を建設することこそが真の人間的解放への道程であると説く。
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私は、その青春時代を顧みると、ちょうど日本に、西欧のロマンチシズムの流れが、その頃、漸く入って来たのでないかと思われる。詩壇に、『星菫派』と称せられた、恋愛至上主義の思潮は、たしかに、このロマンチシズムの御影であった。
それは、ちょうど、今から、ずっと溯った二十年前であった。日本の青年男女に、はじめて交際の自由が唱道せられた時分である。それまでは、男女席を同うせずといったような堅苦しい旧道徳の束縛が、互に物を言ったり、交際するのをすら障げていた。これに対する反動は、たゞちに、恋愛至上主義にまで行ったのである。
その頃の若い詩人や、また文学に志した者が、親達のすゝめる結婚を忌避して、さかんに自由結婚をしたのは、即ち旧道徳に対する破壊運動に他ならなかった。
しかし、それは、『星菫派』と称せられた如く美しい夢に過ぎなかった。彼等は、後に来る経済生活については、考えなかったのだ。しかし、家庭を持ち、子供が生れ、父となり母となるに至って、恋愛至上ということが、事実に於て一片の空想に過ぎないのを知ったのだ。
この次に、起ったものは、自然主義の思想であった。このことは、一層、現実生活の幻滅を裏付けた。そして、人間は欲望を離れて生活も存在もあり得ないと言うにあった。無理想を呼号したのも、偶然でなかった。男女関係は欲望の充塞以外にないとも言った。その思想には、人間性の飛躍も、向上も無視した誤謬はあったが、これがために、恋愛至上といった、空想は破れたのである。そして、人間生活を現実的に、実際的に凝視せしむるに至った。
幻滅の悲哀は、人間生活の何の部面にも見出された事実ではあったが、殊に、各自の家庭に、最も、そのことを見出した。恋愛至上主義によって、結婚した男女は、いまや、幻滅の悲哀を感じて、いまゝで美しかったもの愛したものに、限りない憎悪と醜悪とを感じたのである。加うるに、最も自己の欲望を満足することが、意義ある生活だと考えたところから彼等は、家庭を破壊して、新しい愛欲の生活に入ろうとつとめたものもある。