TRENDIA CLASSIC

谷にうたう女

小川未明

1 / 4

くりの木のこずえに残った一ひらの葉が、北の海を見ながら、さびしい歌をうたっていました。

おきぬは、四つになる長吉をつれて、山の畑へ大根を抜きにまいりました。やがて、冬がくるのです。白髪のおばあさんが、糸をつむいでいるように、空では、雲が切れたり、またつながったりしていました。

下の黒土には、黄ばんだ大根の葉が、きれいに頭を並べていました。おきぬは子供がかぜぎみであることを知っていました。持ってくるはずのねんねこを忘れてきたのに気がついて、

「長吉や、ここに待っておいで、母ちゃんは、すぐ家へいってねんねこを持ってくるからな。どこへもいくでねえよ。」

子供は、だまって、うなずきました。

おきぬは、ゆきかけて、またもどってきました。

「ほんとうに、どこへもいくでねえよ。そこにじっとして待っていれや。」

そういって、彼女は、坂道を駈け下りるようにして、急ぎました。

あたりには人の影もなかったのです。くりの木のこずえについていた枯れた葉は、今夜の命も知らぬげに、やはり、ひらひらとして、風の吹くたびに歌をうたっていました。そしてふもとの水車場から、かすかに車の音がきこえてきました。

すこしの間が、小さな長吉にとっては、堪えられないほどの長い時間でした。

「おっかあ。」といって、子供は、母を呼んで泣き出しました。

しかし、いくら呼んでも、この子供の声は、下の村へは達しなかったでありましょう。

このとき、どこからか、笛と太鼓の音がきこえてきました。それは、村の祭りのときにしかきかなかったものです。山の林に鳴く、もずや、ひよどりでさえ、こんないい声は出し得なかったので、長吉は、ぼんやりと、その音のする方を見ると、山へ登ってゆく道を、赤い旗を立て、青い着物をきた人たちが列をつくって歩いてゆきました。そして、その後から、にぎやかな子供たちの話し声などがしてくるので、泣くのを忘れて見とれていると、葉の落ちて、裸となった林の間から、その列がちらちらと見えたのです。長吉は、いそいで、その後を追いかけました。

二、三度も彼はころんだけれど、泣きもせずその後を追いかけてゆきました。

小川未明の他の作品