谷にうたう女
本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
山畑で留守番をしていた幼い長吉は、笛太鼓の音に誘われて林の奥へと消える。子供を失った母・おきぬは正気を失い、子守唄を口ずさみながら村を彷徨う。やがて奉公先でその唄を聴いた娘のおかよは、主人のお嬢さまと共に故郷の村を訪れる。かつてのおきぬは村を去っていたが、谷に響き渡る美しい自然の中で、お嬢さまが幼い頃の記憶を辿るように、あの悲しくも懐かしい子守唄を口ずさむのであった。
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くりの木のこずえに残った一ひらの葉が、北の海を見ながら、さびしい歌をうたっていました。
おきぬは、四つになる長吉をつれて、山の畑へ大根を抜きにまいりました。やがて、冬がくるのです。白髪のおばあさんが、糸をつむいでいるように、空では、雲が切れたり、またつながったりしていました。
下の黒土には、黄ばんだ大根の葉が、きれいに頭を並べていました。おきぬは子供がかぜぎみであることを知っていました。持ってくるはずのねんねこを忘れてきたのに気がついて、
「長吉や、ここに待っておいで、母ちゃんは、すぐ家へいってねんねこを持ってくるからな。どこへもいくでねえよ。」
子供は、だまって、うなずきました。
おきぬは、ゆきかけて、またもどってきました。
「ほんとうに、どこへもいくでねえよ。そこにじっとして待っていれや。」
そういって、彼女は、坂道を駈け下りるようにして、急ぎました。
あたりには人の影もなかったのです。くりの木のこずえについていた枯れた葉は、今夜の命も知らぬげに、やはり、ひらひらとして、風の吹くたびに歌をうたっていました。そしてふもとの水車場から、かすかに車の音がきこえてきました。
すこしの間が、小さな長吉にとっては、堪えられないほどの長い時間でした。
「おっかあ。」といって、子供は、母を呼んで泣き出しました。
しかし、いくら呼んでも、この子供の声は、下の村へは達しなかったでありましょう。
このとき、どこからか、笛と太鼓の音がきこえてきました。それは、村の祭りのときにしかきかなかったものです。山の林に鳴く、もずや、ひよどりでさえ、こんないい声は出し得なかったので、長吉は、ぼんやりと、その音のする方を見ると、山へ登ってゆく道を、赤い旗を立て、青い着物をきた人たちが列をつくって歩いてゆきました。そして、その後から、にぎやかな子供たちの話し声などがしてくるので、泣くのを忘れて見とれていると、葉の落ちて、裸となった林の間から、その列がちらちらと見えたのです。長吉は、いそいで、その後を追いかけました。
二、三度も彼はころんだけれど、泣きもせずその後を追いかけてゆきました。