TRENDIA CLASSIC

日月ボール

小川未明

1 / 4

孝ちゃんの、近所に住んでいる自動車屋の主人は、変わった人でした。ぼろ自動車を一台しか持っていません。それを自分が、毎日運転して、町の中を走っているのでした。

この自動車も、もとは、りっぱなものでした。主人の清さんが、若い時分、金持ちの運転手を長くつとめていて、やめるときに、金持ちが、その自動車をくれたのでした。それから、何年たったでしょう。

欲のない清さんは、金をためるということをしませんでした。自動車は、だんだん古くなり、破れてきたけれど、新しいのを買うお金はなかったのでした。

この清さんには、いろいろなおかしい話があります。ある日のこと、ひまで困っていました。そこへ美しいモダンガールがやってきました。

「汚い、自動車なのね。いいわ、すぐにやってちょうだい。」と、女はいいました。

「お嬢さん、走るのに、かわりはありません。」と、清さんはにくたれ口をききました。

自動車が走っている間に、美しいお嬢さんは、真っ赤な手さげをあけて、香水のびんを出しました。

その香水の匂いが、たいへんに、いい香いだったとみえて清さんは、運転しながら、夢を見るような気持ちになって、どこを走っているのだか、ぼんやりしました。そのうちに、くぎででもさしたか、ひどい音がして、タイヤがパンクしました。清さんは、おどろいて車から降りて、まごまごして、やっと直して動き出そうとして見ると、いつのまにか、女は消えて見えなかったのです。

「まるで、きつねにつままれたようだった。」と、思い出すたびに、清さんは笑いました。

そうかと思うと、あるときはみすぼらしいふうをした、おじいさんが、はいってきて、

「すこし、遠方だが、これだけの金でいってくださらんか。孫が、急病だと知らしてきたのだが……。」と、頼みました。

「まいりましょう。」と、気持ちよくいって、清さんは、おじいさんを乗せていってやりました。

清さんは、働いたお金で、みんなお酒を飲みました。酔っているときには、だれにでも、おもしろい話をしました。しかし、それが、みんなほんとうであると、思えないようなのもありました。子供が好きでしたから、近所の子供たちがよく遊びにやってきました。

小川未明の他の作品