デパートの高い屋根の上に、赤い旗が、女や子供のお客を呼ぶように、ひらひらとなびいていました。おかねは、若い、美しい奥さまのお伴をしてまいりました。
そこには、なんでもないものはありません。みるもの、すべてが、珍しいものばかりでした。
東京へ出てきてから、奥さまにつれられて、方々を歩くたびに、田舎のさびしいところで働いて暮らす、お友だちのことを思わぬことはなかったのです。
「おつねさんなんか、こんなにぎやかなところは知らないのだ……。」と思うと、青々とした田圃の中に立っている、友だちの姿がありありと見られました。
千円、二千円という札のついた、ダイヤモンドの指輪が、装飾品の売り場にならべてありました。それを見ただけでもびっくりしたのです。また、食料品を売っている場所には、遠い西の国からも、南の国からも名物が集まっていました。そして、それにも高い値段がついていました。
「まあ、こんな高いものを、東京には、食べる人があるのだろうか?」と、疑われたのであります。
「おかねや、おまえの国の名物には、どんなものがあって?」と、奥さまは、ふりかえって、聞かれました。
おかねは、なんだろう? と思いました。小学校にいる時分、地理の時間に、自分の国の名産をいろいろ教えられましたが、この東京にまで出されているような名物は知らなかったのでした。
「わかりません。」と、耳を赤くしながら、答えるよりほかなかったのです。
見て歩くうちに、相模川のあゆや、八郎潟のふなまで、ならべられてありました。
「まあ、川魚までが、方々から、汽車で送られてくるのかしらん。」
このとき、彼女の頭に、弥吉じいさんの顔が浮かびました。じいさんは、川魚をとって生活したのであります。どんな暗い雨の降る晩も出かけてゆきました。なんでも、青いかえるを針につけて、どろ深い川で、なまずを釣り、山から流れてくる早瀬では、あゆを釣るのだという話でした。