春
本文約2,600字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
町の人々が幸せを待ちわびる中、おじいさんは笛の音に誘われて福寿草を買い、迷子を探す母親は同じ調べを道標に我が子と再会する。やがて人々の耳に届くようになったその澄んだ音を追って海辺の崖へ向かった町人たちは、少年の姿の代わりに一面の若草と温かな風に包まれた春の訪れを見出し、それが春の使いによるものだと知る。
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「なにか、楽しいことがないものかなあ。」と、おじいさんは、つくねんとすわって、考え込んでいました。
こう思っているのは、ひとり、おじいさんばかりでなかった。町の人々は思い思いにそんなことを考えていたのです。しかし、しあわせというものは、不幸と同じように、いつだれの身の上へやってくるかわからない。ちょうど、それは風のように、足音もたてずに近づくものでした。また、だれもかつて、しあわせの姿というものを見たものはなかったでしょう。
こうして、たくさんの人たちが、てんでに自分の身の上にしあわせのくるのを待っていました。
「しあわせは、いま、どこを歩いているかしらん……。そしてだれのところへ、やってくるかしらん……。」
こう考えると、まったく、不思議なものでした。そして、このしあわせにも、大きなしあわせと小さなしあわせとあったことは、むろんです。けれど、ダイヤモンドは、いくら小さくても美しく、光るように、それが、たとえ、小さなしあわせであっても、その人の一日の生活を、どんなにいきいきとさせたかしれません。
おじいさんは、なにか楽しいことがあるのを待っていました。いつものごとく火ばちにあたって考え込んでいました。すると、毎日のように、あちらの町の方から起こってくるいろいろな音色が、ちょうど、なつかしい、遠くの音楽を聞くように、おじいさんの耳に達してきたのでした。
おじいさんは、だまって、じっとして、その音に耳を傾けていました。すると、このいろいろの音色の中から、ひとつ離れて、細く澄んだ音が、おじいさんの魂を引きつけるように、呼びかけているのが聞こえたのです。それは、笛の音に似ていました。
「あれは、なんの音だろう?」と、おじいさんは、思いました。
おじいさんは、その音を聞いているうちに、だんだん、気持ちがさわやかになってきました。そして、家にばかりいたのでは、気がふさいでしかたがない、町へ出て、歩いてみようという考えが起こったのです。
「寒いけれど、降りもしまいな。」といって、おじいさんは、つえをついて、とぼとぼと外へ出かけました。