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TORENDIA

祖母の教訓

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

ひとり住まいの学生である語り手が、亡き祖母から受けた数々の訓戒を回想する。礼儀作法から生き方の流儀までを厳しく説かれた日常のやり取りや、落第を告白した際に示された意外な包容力を綴る。時代を超えて生活の細部でふと思い出される亡き人の言葉を通して、語り手の内面的な成長や、今なお消えない祖母の影響力を描き出す随筆である。

牧野信一

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🎧 祖母の教訓 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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実家を離れて、ひとり住ひをして見ると、私は祖母のことを往々思ひ出す、一昨年の春、七十余歳の老衰病で静かに歿くなつた母方の祖母である。

何年か前の学生時分、東京で永くひとり住ひをしたが、一週間に一度は屹度実家へ帰つたものだ。「一週間に一度」は妙だが――当時稀に見る怠惰学生だつた自分は、土曜日も日曜日もあつたものぢやなかつたのだが、帰る時は必ず土曜日を定めて帰り、月曜日の朝きちんと再び帰京するのだつた。それで祖母と母との手前に、暗に「善良な学生」を取りつくろひ、同時に自らの怠惰を責める楔とした。――何でも一度、落第を余儀なくされた時、怠惰学生には多く豪傑の徳があるが、自分にはそれが無く至つて小胆で、大いに狼狽して、一寸世をあぢけ無く思つたりしながら倉皇と先づ祖母の許に走つた。だが自分は祖母の部屋へ一思ひに飛び込めずに廊下にたゞずんだ。

「誰だ! そこに立つてるのは?」

「…………」

「名無し権兵衝か……それとも盗賊か?」

「私だ。」自分は慌てゝ低く答へた。

「ほう! 珍しい名前があつたものだ。わたしはこの年になる迄「私」と云ふ名前の人に出遇つたことはない、「私」さんまア此方へお入りなさい。そこははしぢかですわ。」

――一体貴様にはさういふ癖がある、東京へ行つてゐれば貴様の顔で他人様を訪ねることもあらう、名前が名乗れぬ時は腹を切つて死ぬ時だ、問はれたら名乗るのが礼儀だ、他人に物を云ひかける時には先自分から名を名乗るべきだ。――何時ものことだ。自分はまた一本祖母から叱られた。自分が五歳の幼時から二十何歳の当時迄祖母を訪るゝこと四千回にも及んだらうが、到頭自分はたゞの一回も祖母の手前で名乗りを挙げて、その得心を得たことはなかつた。

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