娘と大きな鐘
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
北国の古寺で病の父を支える娘は、父の快癒を願い赤いすいれんを求めて池へ向かう。娘が花を摘もうと水に手を伸ばした途端、池の深みへ引き込まれ、時を同じくして寺の鐘が地面へ落下する。その後、修繕された鐘を鳴らすと天候が急変する現象が起こるようになり、旱が続くと雨ごいのために村人が集まる場所となった。かつての悲劇を知る村人たちは、鐘つき堂に女の子供を近づけない掟を守り続けている。
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ある名も知れない、北国の村に、あれはてたお寺がありました。そのお寺のあるところは、小高くなった、さびしいところでありました。
本堂から、すこしはなれたところに、鐘つき堂がありました。境内には、木がたくさんしげっていました。春になると花が咲き、そして、新緑にかわり、やがて、秋になると、木々の葉が黄色く、紅く、色づいて雨にほろほろと落ちるのであります。平生は、あまりおまいりにゆく人もなく、すずめが、本堂の屋根や、また鐘つき堂のまわりで、かしましく鳴いているばかりです。
けれど、たまたま真夏になって、雨の降らないことがありました。そんなときは、村の百姓は、どんなに困ったでありましょう。
「もう、三十日も雨が降らない。まだこのうえ、旱がつづいたら、田や、圃が乾割れてしまうだろう。」といって、一人は、歎息をしますと、
「ほんとうに、そうだ。雨ごいをしなければなるまい。」と、ほかの百姓は、空を仰ぎながら、心配そうな顔つきをしていうのでありました。
雨ごいをするのには、村の人たちは、男となく、女となく、お寺に集まって、供養をしなければなりません。そして、いままでの自分たちの先祖の悪かったことを、真心こめておわびをするのでありました。これについて、ここに、哀れな話があるのであります。
それは、いまから、ずっと昔のことでありました。このお寺に、年とったお坊さまと寺男がいました。寺男には、十三、四になった娘がおりました。お坊さまは、もう、毎朝、お堂へ出て、お経を上げるのがやっとのくらいでありました。
寺男は、また、朝早く起きて、鐘つき堂へいって、鐘をつきました。この寺の鐘は、このあたりにはきこえたほどの大きな鐘でありました。百姓は、この鐘が鳴ると目をさましました。それから、飯を食べて、圃や、田へ出かけるのであります。
また、働いて疲れた時分、昼ごろになると、この鐘が鳴りました。それを聞くと、百姓は、
「さあお昼だ。家へ帰ってご飯にしよう。」と、彼らは、家へ急ぎました。そして、骨休みをして、それから、また、田や、圃へ、出かけたのであります。