童話に対する所見
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あらすじ(AIが作成しました)
今日の文化がブルジョア階級による文明の擁護や享楽的な芸術に陥っている現状を批判する。著者は芸術の本質を現在の社会生活の否定と理想の追求に見出し、形式に縛られた新人生からの解放を唱える。そして第四階級芸術の台頭を予見しつつ、子供が本来持つ純真さや冒険性の中にこそ、真の美や無差別の社会が存在すると説く。大人たちが子供の精神を把握し、失われた霊魂を呼び戻す手段としての童話の可能性と、新興芸術との関係を論じる。
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一
今日世間では頻りに文化的ということを言っている。しかしそれは単に趣味の上で洗練されたことを言っているのだろう。今日の社会に於いて教養とか、或いは趣味とか、或いは人格の洗練とかいうことは、凡そ何を標準として言うのであるか。それは窮極の生活に於いて、気持ちのよい生活をするということにすぎない。言葉を換うれば今日の文化はそのまま肯定して、今日の文明に適当した生活を指して言っているのだろう。
だから文化的ということは、今日どういう階級によって口にせらるるかといえば、それは勿論ブルジョアの知識階級に於いてである。そして所謂知識階級に於いてである。その精神は何といっても今日の文明の擁護である。決して今日の文明の否定ではない。
二
又彼等に解せらるる芸術というものがそうである。所謂詩的な表現だなどいっているが、その詩的とはどんなものであるか、彼等に解せられた詩的とは恐らく刺身のツマにすぎぬものであろう。彼等は言う、今日の生活は余りにも殺風景なものであり、これを美化して円滑ならしむるものは芸術であると。然り芸術は彼等にとっては一種の享楽にすぎない。このことは私は今ここで言うだけでなく、従来と雖も機会あるごとに言っているのである。ほんとうの詩、ほんとうの芸術というものは決してそんなものではない。常に芸術は現在生活の否定である。理想の追求である。ほんとうの理想とか創造とかは、まず現在を破壊すべきものだ。決して現在の醜悪なる社会生活を粉飾してこれを美化せんとするものではない。詩や芸術の根本精神というものは決してそんなものではない。
三