TRENDIA CLASSIC

その日から正直になった話

小川未明

1 / 4

あるところに、気の弱い少年がありました。いい少年でありましたけれど、気が弱いばかりに、うそをついたのです。自分でも、うそをつくことは、よくない、卑怯なことだということは知っていました。

「もう、これから、私はうそはつかない。」と、うそをいった後では、いつも少年は心にそう思うのでした。

けれど、それは、悪いと思われないような場合もありました。たとえば、病人に向かって、

「このあいだよりも、ずっとお顔の色がよくおなりです……。」というと、実際は、そうでなくても、病人を喜ばすものである。こんなときのうそは、かならずしも悪いのでない。もし、そういうことができれば、

「僕は、昨夜、お化けを見たよ!」といって、なにか畑の中にあったものを見て、空想にふけったことをまことしやかに、友だちに話すと、つまらなそうな顔つきをしていた友だちらが、急に目を輝かして、近くそばへ集まってきて、

「君、ほんとうかい……。」というのであります。

「ああ、ほんとうだ。」と、少年は、熱心に、空想したことを、見たことのように話すのでした。

この少年のうそというのは、たいていこうした罪のない、ちょっとみんなをおもしろがらせようとする種類のものでした。

「自分のうそは、けっして、悪いうそではないのだが、それでも、いってはいけないものだろうか?」と、少年は、自分の心に向かって、たずねました。

「それは、いけないにきまっている。うそをつくのは、人間として、卑怯なことだ。」と、自分の心と思われない、なんだか年とった、太い声が答えます。

このとき、同時に、それを打ち消すように、自分より、ずっと勇敢な、いきいきした、やはり、それも自分の心と思われないような声が、

「そんなうそは、いったってさしつかえない。小説でも、文章でも、みんな、うそのことを真実らしく書いてあるのじゃないか……。」といいました。

少年は、この二つの異なった、自分の心のどちらに従ったがいいか迷ってしまいました。

「小説はうそをつくものだということはわかっているが、おまえのいうことがうそだとわかれば、だれもおまえを信じなくなるだろう。」と、年とった太い声がいいました。

小川未明の他の作品