櫛
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
病身のお島が機を織る村に、悪疫が流行する気配が漂う。不吉な噂話をする二人の女房の前に、鍋を被ったような風貌の老婆が現れ、周囲を威圧する。やがてお島の子供が往来で拾った黄楊の櫛を老婆に手渡すと、老婆は異様な形相で呪文を唱え、不気味な行動に出る。寒々とした空の下、病と隣り合わせの生活を送る人々と、特異な執念を抱く老婆の姿を通じ、村に潜む不穏な空気と陰鬱な人間模様を描く。
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町から少し離て家根が処々に見える村だ。空は暗く曇っていた。お島という病婦が織っている機の音が聞える。その家の前に鮮かな紫陽花が咲いていて、小さな低い窓が見える。途の上に、二人の女房が立って話をしている。
「この頃は悪い風邪が流行ますそうですよ。」
「そうだそうですよ、骨の節々が痛むんですって。」
陰気な、力なげな機の音がギイーシャン、コトン! と聞えて来る。全くこの時風が死んだ。また降り出しそうな空には、雲脚が乱れていた。
「お島さんの顔色は善くありませんね。」と一人の女房が眉を顰めた。
「産れるのかも知れませんよ。」と一人がいう。
「そうかも知れない、ああ顔色が悪くちゃ……。」
「吐瀉ぽいといっていたから……。」
二人の女が話をしている処へ、頭髪が沢山で、重々しそうに鍋でも被っているように見える、目尻の垂れ下った、鯰の目附に似ている神経質じみた脊の低い、紺ぽい木綿衣物を着た女が、横合から出て来た。二人はこの女を見るとぎょっとして口を噤んだ。
「まった降りだ。」と鍋を被ったような女が、重たらしい調子でいう。その声がまたとなく陰気だ。
「悪いお天気で困ります。」と一人の女房がいった。
何の鳥とも知らず黒い小鳥が啼いて、二三羽頭の上を廻っていた。傍の垣根の竹に蛞蝓が銀色の縷を引いて止まっている。
「お洗濯が出来なくて。」と一人の女房がいって、我家の方へ帰りかけた。
「私もまだすることがあるのですよ。」と一人の女房も下駄の歯をぎしりと砂地に喰い込ませて後を向いた。
鍋被の女だけ陰気な顔で、何処を睨むというでなく立っていた。二人の女房は各自に家へ入って、その場にはただ一人鍋被の女だけ取り残された。この黒衣の女は暫らく石の如く動かなかった。何時しかお島の織っていた機の音が止んだ。