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TORENDIA

九谷焼

本文約6,500字 ・ 読了時間 約13分

あらすじ(AIが作成しました)

震災で失った父ゆかりの品である九谷焼を回想し、その歴史や職人の技を綴る随筆。大量生産される現代の陶器と、かつて加賀の山間で名工が情熱を傾けて守り抜いた真正な作品との隔たりを描く。著者自身の幼少期の体験や、古九谷の復活を目指した陶工たちの苦闘、さらには科学的な視点から見た陶芸の可能性に触れながら、伝統を受け継ぐことの困難さと美しさを浮き彫りにする。失われたものへの追憶を通じて、物作りに対する真摯な精神と探究心を見つめ直す内容である。

中谷宇吉郎

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🎧 九谷焼 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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震災で失ったものの中で、この頃になって、惜しいと思い出したものは九谷焼である。父が心懸けて集めたもので、古い時代のいわゆる古九谷と呼ばれている高価な品ではないのだが、現今大量生産でどんどん造り出している今の九谷焼と、古い時代の「真正の九谷焼」との連絡を見るために、丁度都合のよい標本であったことと、自分には父を偲ぶよすがとなる品であったので、時がたつにつれてしみじみ惜しくなって来る。

加賀の人でも、この頃では余り知っている人が少い位だから、東京の人などには、「真正の九谷焼」は余り知られていないようだ。一皿数千円もするというような骨董としての九谷と、夜店で売っている九谷とが、今の東京の人に知られているので、丁度その連絡をなし、現今なお古い神聖な九谷焼を護っている少数の人々のことは殆ど知られていない。

沿革などというと如何にも骨董家めくので、極簡単に書くと、日本で芸術品としての陶器が出来出した頃、伊万里焼を倣って後藤才次郎という人が、九谷村で適当な粘土を得て造り出したのが九谷焼の起りで、前田家治卿がパトロンとなってあれだけに発達したものなのである。その頃は、今のように焦燥の生活をしなくてもよかったので、数代も名工の後裔が、殿様の庇護の下で研究を続けて、一つのかまを完成したのである。

九州の話だが、柿右衛門という人などは、熟柿が枝に下っているのを見て、その色を出そうとして、生涯を費して出来ず、その子がこれをついで半ば完成し、三代目に至って漸く出来上ったという話がある位である。今の骨董家が、初代の柿右衛門などといって愛蔵しているが、よく考えて見ると、三代目柿右衛門が認められるまで、貧しい陶器工の家だったはずだが、祖父の試験的出来上り品を、今残っているほど多く、三代の間蔵ってあったかどうか随分変な話である。売ってしまったとすると、貧しい無名の陶工のつまらぬ器物が、五十年間も破損せずに使用されていて、三代目柿右衛門の出て後、これは初代だといって急に珍重されることになる。

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