TRENDIA CLASSIC

銀のつえ

小川未明

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あるところに、いつも遊び歩いている男がありました。兄さんや、妹は、いくたび彼に、仕事をはげむようにいったかしれません。けれど、それには耳を傾けず、街のカフェーへいって、外国の酒を飲んだり、紅茶を喫したりして、終日ぼんやりと暮らすことが多かったのでした。

彼は、そこで蓄音機の音楽をきいたり、また、あるときは劇場へオペラを見にいったり、おもしろく暮らしていたのでありました。

ある日のこと、彼は、テーブルの上に、いくつもコップを並べて、いい気持ちに酔ってしまったのです。そして、コップの中にはいった、緑・青・赤、いろいろの酒の色に、ぼんやり見とれていますと、うとうとと居眠りをしたのでした。

もう、いつのまにか、日は、とっぷりと暮れてしまいました。

「ああ、もう帰らなければならない。」と、彼はいって、そのカフェーから外に出たのでした。彼の足は、ふらふらしていました。そして、まだ、耳には、けさしがたまで聞いていた、いい音楽のしらべがついているようでありました。

夜の空は、ぬぐったガラスのように、うるおいを含んでいました。月がまんまるく空に上がって、あたりの建物や、また森影などが、浮き出たように見られたのであります。

彼は、さびしい、広い往来を歩いてきますと、ふいに、そこへわき出たように、一人のおじいさんがあらわれました。そのおじいさんは、白いひげをはやしていました。そして、手に光るつえを持っていました。そのつえは、銀で造られたように思われます。

おじいさんは、彼の歩いている行く手に立って、道をふさぎました。彼は、頭を上げて、おじいさんを黙ってながめたのです。

おじいさんは、なにか、ものをいいたげな顔をしながら、しばらく、口をつぐんで彼のようすを見守っていました。彼は、このおじいさんを見ると、なんとなく体じゅうが、ぞっとして、身の毛がよだちました。おじいさんの目は、氷のように冷たい光を放って、刺すように鋭かったからであります。

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