TRENDIA CLASSIC

砂漠の町とサフラン酒

小川未明

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むかし、美しい女が、さらわれて、遠い砂漠のあちらの町へ、つれられていきました。疲れているような、また、眠いように見える砂漠は、かぎりなく、うねうねと灰色の波を描いて、はてしもなくつづいていました。

幾日となく、旅をすると、はじめて、青い山影を望むことができたのであります。

そのふもとに、小さな町がありました。女は、そこへ売られたのです。女自身をのぞいて、だれも、彼女のふるさとを知るものはありません。また、だれも、彼女の行方を悟るものとてなかったのであります。

彼女は、ここで、その一生を送りました。サフラン酒を、この町の工場で造っていました。彼女は、その酒を造るてつだいをさせられていたのでした。

月が窓を明るく照らした晩に、サフランの紅い花びらが、風にそよぐ夕方、また、白いばらの花がかおる宵など、女は、どんなに子供のころ、自分の村で遊んだことや、父母の面影や、自分の家の中のようすなどを思い出して、悲しく、なつかしく思ったでありましょう。

いくら思っても、考えても、かいないものならば、忘れようとつとめました。彼女は、生まれたふるさとのことを、永久に思うまいとしました。また、育てられた家のことや、村の光景などを考えまいとしました。

美しく、みずみずしかった女は、いつとなく、堅い果物のように黙って、うなだれているようになりました。人がなにをきいても、知らぬといいました。

「この女は、つんぼではないだろうか?」

「あの女は、きっとおしにちがいない……。」

そばの人々は、皮肉にも、彼女をそんなようにいいました。

彼女は、まだそれほどに、年をとらないのに、病気になりました。そして、日に、日に、衰えていきました。

「どうせ、わたしは、家に帰られないのだから……死んでしまったほうが、かえって幸福であろう。」と、彼女は思いました。

しかし、彼女は、なにも口にはいわなかったものの、胸の中は、うらみで、いっぱいでありました。どうかして、このうらみをはらしたいと思いました。

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