TRENDIA CLASSIC

町の天使

小川未明

1 / 6

Sという少年がありました。

毎日、学校へゆくときも、帰るときも、町の角にあった、菓子屋の前を通りました。その店はきれいに飾ってあって、ガラス戸がはまっていて、外の看板の上には、翼を拡げたかわいらしい天使がとまって、その下を通る人々をながめていたのであります。

少年は、すこし、時間のおくれたときは、急いで、夢中でその前を過ぎてしまいましたけれど、そうでないときは、よくぼんやりと立ち止まって、毎日のように見る天使を、飽かずに仰いでいることがありました。

なぜなら、その天使は、あちらの雲切れのした、北の方の青い空から飛んできて、ここにとまったようにも思われたからでした。少年には、それほど、あちらの遠い空が、なんとなくなつかしかったのであります。そして、その天使と青い空とを結びつけて考えると、美しい、また愉快ないろいろな空想が、ひとりでに、わいてきたからであります。

「おまえは、いつ、あのあちらの空へ帰ってゆくの?」と、小さい声でいったりなどしました。しかし天使は、ただこれを聞いても笑っているばかりでした。

雨の降る日も、天使は、そこにぬれながらじっとしていました。また、霧の降った日も……。けれど、少年は、夜になって、大空がぬぐわれたように星晴れがして、寒い風が吹く真夜中には、きっと、天使が自由に、あの翼をふるって、大空を飛びまわるのであろうと思いました。けれど、人は、だれもそれを知らない。そして、天使は、いつもじっとしているとばかり思っているのだと考えました。

「僕は、おまえが、夜になって、だれも人間が見ていないときに、空を飛びまわるのを知っているのだよ。」と、少年は、天使に向かっていいました。

こういっても、天使は、ただ黙って笑っているばかりでした。

S少年は、病気にかかりました。

小川未明の他の作品