TRENDIA CLASSIC

史論の流行

津田左右吉

1 / 6

奇なるかな世潮の変遷、試に最近数年間の文学界を回顧せば年ごとに流行の一新するあるを見る。二十二年は小説流行のときにして二十三年は和文、漢文の流行は二十四年に始まりてしかして二十五年は史論の盛行を見るにあらずや。もとよりその間に密確なる区劃をなさんは無稽の業に属すといへども大体の状態は概ね此の如きか。これそもそも人心の奇を好むによるか将たその間必然の理勢ありて存するか流行の勢は滔々として氾濫の力を逞くし下土を水にし陵谷を汨にし天下を挙げて深淵に溺没せざるものは幾稀矣。而も静に前後の事情を通覧すれば流行の推移にも自ら必然の理路は歴々として見るを得るなり。それ称して流行といふ。流行の衣服、流行の結髪、流行の装飾、流行の俗唄、算へ来て而して之に対するに流行の学問といふ。寧ろその当を失するの言なるなからんや。学の類たるや各その分ありといへども而もみなその目的とする所は千古に渉りて朽ちざるにありてその攻究には仔細の考察と静慮とを要するなり。学術に関するに流行の文字を以てす。流行の学術は恐くはこれ真の学術に非るなからんか。而も見よ書籍の出版、学校の設立、雑誌の発刊、学生の趨向その変遷する所を推してしかして称するに流行を以てす必しも不可なるに非ず。しかも世間実に流行の跡を追ふて独り及ばざらんことを恐るるの浮薄の書生尠しとせざるなり。此の如きの輩もと学術の何たるを知らざるもの須くその面に唾すべしといへどもまた勢の已むべからざるなきに非ず。けだしその流行の波濤に漂はさるるに際しては読者の趣味概ね泛として定まるところなく批判の能力に乏しくして半銭の価値なきものも※々[#「口+昔」、U+5536、29-5]して世人の賞粲に上る。すなはち僥倖を求めて名利を賭するもの雲の如くに起るまた自然の勢なり。而も競争の道はこれ自ら淘汰の法、老者退けられ、羸者倒れ残るものは是れ深く薀蓄するあるの士。しかも此の如きの士もと流行の如何に関せざるなり。

津田左右吉の他の作品