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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約14,500字 ・ 読了時間 約30分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の金物問屋・越前屋では、先代の死後、主人の総七が放蕩に明け暮れ、親族や居候たちが店で幅を利かせる事態に陥る。番頭の徳三郎は、店内に蔓延する危機感と主人の命が狙われる不穏な出来事を錢形平次に相談する。平次は聞き込みを通じ、店を牛耳ろうとする者たちの思惑や隠された財宝を巡る疑念を解き明かしながら、冷徹な犯人の巧妙な仕掛けと悪事の真相を暴き出していく。

野村胡堂

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一

「親分、退屈だね」

「――」

「目の覺めるやうな威勢のいゝ仕事は無えものかなア。此節のやうに、掻つ拂ひや小泥棒ばかり追つ掛け廻して居た日にや腕が鈍つて仕樣がねえ」

ガラツ八の八五郎は、そんな事を言ひ乍ら、例の癖で自分の鼻ばかり氣にして居りました。

「大層な事を言ふぜ、八。先刻から見て居ると、指を順々に鼻の穴へ突つ込んで居るやうだが、拇指の番になつたら何うするだらうと、俺はハラハラして居るぜ」

錢形平次は、早春の日向縁に寢轉んだまゝ、斯んな無駄を言つて居ります。

「つまらねえ事を心配するんだね、親分」

「俺は苦勞性さ、その指を何處で拭くか、そんなつまらねえ事まで心配して居るんだよ。今晩あたりは、うけ合ひ、大きな鼻の穴の夢を見るよ。ウナされなきア宜いが」

「天下泰平だなア」

「だがな八、今に面白い仕事が舞ひ込んで來るよ、――退屈なんてえのは、鼻の穴のでつかい人間とは縁が無い代物だよ」

「へツ、いやに鼻に祟られる日だぜ」

「怒るなよ、八。仕事が舞込みかけて居ることだけは本當なんだ、――聞えるだらう、あの足音が――」

「成程ね、路地の中だ」

「そんな恰好で耳を澄すのは按摩と八五郎ばかりさ、鼻の穴で物音を聞いて居るやうだぜ」

「又鼻かい、親分」

「怒るなよ、八。お前の鼻がよく利くから、俺の仕事が運ぶんだ、平次の手柄の半分は、言はゞ八五郎の鼻の御蔭さ。今度お目にかゝつたら、笹野の旦那に申上げて置かう」

「冗談ぢやねえ」

「ところで、あの足音だ、――後金の緩んだ雪駄を引摺り加減に歩くところは、女や武家や職人ぢやねえ、落魄れた能役者でなきア先づ思案に餘つたお店者だ」

「――」

縁側に寢そべつて、路地の外の人間を透視する平次の話を、八五郎は小鼻を膨らませて聽き入りました。

「先刻から格子を開けかけて、三度も引返して居るよ。大の男があれほど迷ふのは、よく/\の事があるんだね」

「行つて見ませうか、親分、――文句を言つたら、力づくで引張り込む」

「そんな事をしちやブチ壞しだ。さうでなくてさへ、迷ひ拔いて居るんだ。うつかり聲を掛けると、逃げ出さないまでも、用心深くなつて、田螺見たいに口を緘むに決つて居る、――知らん顏をして居るんだ」

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