錢形平次捕物控
本文約14,800字 ・ 読了時間 約30分
あらすじ(AIが作成しました)
本郷の分限者小森屋の娘お通が自室で刺殺される。菊坂の現場へ向かった錢形平次は、被害者の胸に刺さった眞矢や周囲の証言から捜査を開始する。町中で評判の美女であったお通は、日頃から周囲の男たちを意のままに操り、玩具のように弄ぶ一面を持っていた。平次は、小森屋の使用人である友吉の挙動や、被害者が身近な男性を弄んでいた事実関係から、事件の背景に潜む愛憎の心理を読み解き、真実へと近づいていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、あつしはもう口惜しくて口惜しくて」
八五郎はいきなり怒鳴り込むのです。彼岸過ぎのよく晴れた朝、秋草の鉢の世話に、餘念も無い平次は、
「騷々しいな、何が一體口惜しいんだ。好物の羊羹でも喰ひ損ねたのか」
一向氣の無い顏を擧げるのでした。
「そんな氣樂な話ぢやありませんよ。親分も知つて居なさるでせう、菊坂小町と言はれた小森屋の娘お通が、昨夜殺されましたぜ」
「フーム」
「口惜しいぢやありませんか。あつしの岡惚れでも何んでも無いが、本郷中をピカピカさした娘を、虫のやうに殺して宜いものでせうか、親分」
「泣くなよ八、それにしても、向柳原に居るお前が、菊坂の殺しを俺より先に嗅ぎ出すのは、大層良い鼻ぢや無いか」
「追分に用事があつて、セカセカと本郷の通りを行くと、鉢合せしさうになつたのは、臺町の由松親分ぢやありませんか。その由松親分が、『菊坂小町が殺されて、昨夜から調べにかゝつて居るが、俺一人では我慢にも裁ききれねえ、錢形の親分を迎ひに行くところだ』といふから、あつしが引返して親分をつれ出すことになり、由松親分は其處から又菊坂の現場へ引返しましたよ――」
八五郎は言葉せはしく説明するのです。
「よし、臺町の由松親分の頼みなら、行かざアなるめえ」
平次は手早く支度をして、菊坂町へ飛んだのです。
お通の父親といふのは、小森彌八郎といふかなりの分限者で、昔は槍一筋の家柄であつたと言ひますが、今では町内の大地主として、界隈に勢力を振ひ、娘のお通の美しさと共に、山の手中に響いて居ります。
小森屋の住居もまた、町人にしては非凡の贅でした。菊坂の坂上に建てたコの字型の建物で、玄關や破風や長押を憚つた町家造りには違ひありませんが、それを内部の數寄を凝らした贅澤さに置き換へて、木口も建具も一つ/\が人の目を驚かします。
「錢形の親分」
主人の彌八郎は一應平次を迎へましたが、激しい心の動亂に、急には言葉も出ない樣子です。五十前後のすぐれた人品で、江戸の分限者らしい中老人ですが、かうした知的な見かけのうちに、案外の情熱を持つてゐるのかもわかりません。
「飛んだことでしたね、小森屋さん」
平次もこれは知らない顏ではありません。