随筆銭形平次
本文約6,300字 ・ 読了時間 約13分
あらすじ(AIが作成しました)
著者自身の代表作である『銭形平次』を読書するという噂が巻き起こした波紋を起点に、吉田茂、芦田均、鈴木茂三郎ら、著者と縁のある政治家たちの人柄や往時のエピソードを回想する随筆。政治家の読書事情や新聞記者時代の経験を交えつつ、彼らに対する親しみや敬意、そして時代の変遷に伴う政治家たちの質の変化について論じる。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
吉田首相が「銭形平次」を読むとか読まないとかで、かなりうるさい問題を巻き起こした。吉田首相にとっては、随分迷惑なことであったに違いないが、「銭形平次」にとって、冷やかしの種にはなったが、良い宣伝にもなったことは確かである。かつて二十世紀のはじめの頃、ドイツで素晴らしい人気を博した、美しい歌い手のジェラルディン・ファーラーが、時の皇太子(後のカイゼル)と浮名を流し、一時は大変な評判になったことがあるが、その噂が下火になった時、新聞記者の臆面もないのが、その真相を訊ねると、ファーラー少しも騒がず「確かに宣伝にはなったワ」と軽くいなしたという欧羅巴交際社会の一つの話がある。
銭形平次に関する噂も、吉田首相は迷惑をしたことであろうが、私にとっては、ファーラーくらいの軽い気持になって一向差支えはあるまいと思う。吉田首相にしても、毎朝有難いお経を読むとか、ジイドの『狭き門』を愛読するとか、ありそうもない噂を立てられるより「銭形平次」の方が、どんなに気が楽かもわからないのである。
私はある結婚の披露式で、吉田首相に一度逢ったことがある。その印象によれば、少し皮肉っぽいが、座談も巧みで、なかなか好感の持てる老人であった。世の政治家という概念からみると、非常にうち解けた感じで、私は四十年前政治記者として、明治大正の多くの政治家にも逢っているが、その中では、何人かの親しみ深い政治家の一人といえるだろう。この人柄は単純で強さは感じさせるが、世にいう政治家らしい空々しさや無気味なところはなく、私の老妻が、首相を前にして、「お目にかかるまで、怖いお方かと思っておりました」と無遠慮なことをいうと、吉田首相莞爾と受けて「実際お逢いになってみると少しも怖くはないでしょう」とすこぶる上機嫌であった。その時一座したお歴々は、自由党の幹部会ほどの顔ぶれであったが、その中で、抜群の座持ちは吉田首相であり、諧謔に富んだ明るい応酬は、なかなかに忘れ難い。やはり外交官としても、一流の人であったという感じであった。