錢形平次捕物控
本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
向柳原に住む踊の師匠・水本賀奈女が、自宅で絞め殺される事件が発生する。銭形平次は、現場近くの火の見櫓に詰める喜三郎から話を聞き、真相に迫る。喜三郎は、自身の娘を死に追いやったと信じる賀奈女への憎悪から、犯行に及んでいた。平次は、娘への報復を遂げた喜三郎の事情を悟り、彼が西国巡礼へと旅立つことを黙認する。
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一
「八、久しく顏を見せなかつたな」
錢形の平次は縁側一パイの三文盆栽を片付けて、子分の八五郎の爲に座を作つてやり乍ら、煙草盆を引寄せて、甲斐性のない粉煙草をせゝるのでした。
「へエ、相濟みません。ツイ忙しかつたんで――」
「金儲けか、女出入か」
「からかつちやいけません」
「まさかあの案山子に魔が差したやうなのに凝つてゐるんぢやもるまいな」
「何んです、その案山子に魔がさしたてエのは」
「白ばつくれちやいけない、踊だよ。水本賀奈女とかいふのが、大變な評判ぢやないか。お前の伯母さんの近所に住み着いて、二年ばかりの間に町内の若い男をすつかり氣狂ひにしてしまつたといふ評判だぜ」
「へツ」
「變な聲だな、すつかり言ひ當てられたらう。――惡い事は言はないから、あれだけは止す方が宜いぜ。縮緬の手拭なんか持つて歩くと、野郎は段々縁遠くなるばかりだ」
「それですよ、親分」
「何がそれなんだ。眼の色を變へて膝なんか乘出しやがつて」
「その水本賀奈女師匠が、思案に餘つて錢形の親分さんにお願ひして、ちよつと伴れて來てくれと――」
ガラツ八の八五郎は、急に居住ひを直して、突き詰めた顏になるのです。
「御免蒙るよ、踊の師匠の用心棒は俺の柄にないことだ」
平次は自棄に煙管を叩くと、煙草の烟を拂ひ退けるやうに手を振るのでした。
「でも、水本賀奈女師匠が人に狙はれてゐるんですぜ。幾度も/\變なことがあつたんで――、怖くて叶はないから――」
「變なこともあるだらうよ。近頃は向柳原へ行くと、男達は皆んな魔がさしたやうにソハソハして居るつていふぢやないか」
平次はまるつ切り相手になりません。
「親分」
「もう澤山だ、歸つてくれ。――水本賀奈女にさう言ふが宜い、踊の師匠の看板を外して、紅白粉を洗ひ落し、疣尻卷にして賃仕事でも始めて見ろとな。世の中に怖いことがなくなるぜ」
ガラツ八はスゴスゴと歸つて行きました。まさに一言もない姿です。
併し、事件はこれを切つかけに、大變な發展をしてしまひました。それから三日目の夕方――。
「さア、大變ツ、親分」
息せき切つて飛込んだガラツ八。
「今日の大變は荒つぽいやうだな、何が始まつたんだ、八」