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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,700字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

浪人宗方善五郎が急死し、厄介のお茂與が錢形平次に他殺を訴える。平次は捜査を進める中で、お茂與が亡き主人に罪を着せようとしていたことや、屋敷内での複雑な人間関係を暴く。事件は宗方の息子甲子太郎が犯した一連の凶行によるものと判明するが、平次はそれらを見届けた上で静かにその場を去る。本書は、江戸の捕物名人が緻密な推理で事件の背後にある情念や悲劇を解き明かしていく様子を描く物語である。

野村胡堂

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一

「親分、ちよいと逢つてお願ひし度いといふ人があるんだが――」

ガラツ八の八五郎は膝つ小僧を揃へて神妙に申上げるのです。

「大層改まりやがつたな。金の工面と情事の橋渡しは御免だが、外のことなら大概のことは引受けるぜ」

平次は安直に居住ひを直しました。粉煙草もお小遣も、お上の御用までが種切れになつて、二三日張合もなく生き伸びてゐる心持の平次だつたのです。

「へツ、へツ、へツ、そんなに氣障なんぢやありません。御用向きのことですよ」

「そんなら何時までも門口に立たせちや惡い。どんな人か知らないが此方へ通すが宜い」

「へエ――」

ガラツ八が心得て路地へ首を出すと、共同井戸のところに待機してゐる、手頃の年増を一人呼んで來ました。

「親分が逢つて下さるとよ。遠慮することはねえ、ズーツと入りな、ズーツと」

ガラツ八は兩手で疊を掃くやうに、件の女を招じ入れました。澁い身扮と愼み深い樣子をして居りますが、拔群のきりやうで前に坐られると、平次ほどの者も何にかしら、ぞつとするものがあります。

年の頃は二十七八、どうかしたらもう少し老けてゐるかも知れません。眉の長い、眼の深い、少し淺黒い素顏も、よく通つた鼻筋もこればかりは紅を含んだやうな赤い唇も、あまり街では見かけたことのない種類の美しさです。

「錢形の親分さん、始めてお目にかゝります。――私はあの、市ヶ谷御納戸町の宗方善五郎樣の厄介になつて居る茂與と申すもので御座います」

少し武家風の匂ふ折目の正しい挨拶を、平次は持て餘し氣味に月代を撫でました。

「で、どんな用事で來なすつた」

煙草盆を引寄せて叺の粉煙草を捻りましたが、火皿に足りさうもないので、苦笑ひに紛らせてポンと煙草入を投ります。

「外でも御座いません。私が厄介になつて居ります、宗方家の主人善五郎樣は、昨夜人手に掛つて相果てました」

「殺されたと言ひなさるのかい」

「ハイ、殺されたとなりますと、何彼と後が面倒なので、御親類方が集まつて、自害の體に拵へ、澤山のお金まで費つて、證人の口を塞ぎました。明日お葬ひを濟ませば、死人に口なし、それつきりになつて了つて、殺した人は蔭で笑つて居ることでございませう」

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